← 戻る ホテルビスタ名古屋[錦]

傘が少しだけ、君の方に傾いていた

傘が少しだけ、君の方に傾いていた

もし、この部屋を予約しようか迷っているなら。あるいは、雨の日の旅に少しだけ不安を感じているなら。ただ、今のままの君で、ここに来てほしいなと思う。予定を詰め込まない、ただ一緒に呼吸を合わせるためだけの時間を、僕たちは持ってもいいのかもしれないから。

窓の外、青い雨が街を塗り替えていた時間

指先に触れるシーツのひんやりとした感触に、ゆっくりと意識が戻る。ホテルビスタ名古屋[錦]に備えられたサータ社製ポケットコイルマットレスは、身体の曲線に沿って深く、優しく沈み込み、まるで深い海の底で心地よい揺れに身を任せているような安心感があった。外は六月の雨。窓ガラスを叩く一定のリズムが、心地よい低周波のように部屋を満たしている。「もう少しだけ、こうしていようか」と呟いた僕の言葉に、君は小さく頷き、さらに深く布団に潜り込んだ。そのとき、部屋に満ちていたのは、雨の日の静寂と、二人だけの密やかな体温だった。

この部屋で特に心を惹かれたのは、3点独立型水回りという贅沢な設計だ。誰かがシャワーを浴びていても、もう一人は静かに洗面台で身支度を整えられる。そのわずかな距離感が、大人の旅にふさわしい心地よい余白を生んでいた。バスソルトを溶かした湯船に浸かると、指先の強張りがゆっくりとほどけていく。壁一枚向こうで聞こえるお湯の流れる音が、見えないけれどそこに誰かがいるという確かな安心感となり、肌に触れる温度のように伝わってくる。それは、言葉にしなくても伝わり合う、静かな合意のような時間だった。

朝、ライブキッチンから漂う焦がしバターの香りと、卵が焼けるパチパチという軽快な音が、眠い意識を優しく呼び起こす。和洋ビュッフェの色彩豊かな皿が並ぶ中、温かいコーヒーカップを両手で包み込むと、手のひらからじわりと熱が広がり、心まで解きほぐされていく。豪華な食事というよりも、誰かが自分のために丁寧に何かを作ってくれているという、その温かな気配に救われる気がした。あ、そういえば。お気に入りのジャムをたくさん塗りすぎてパンが重くなったけれど、君がそれを笑って半分食べてくれた。そんな、なんてことない瞬間が、一番鮮やかに記憶に刻まれている。

君の肩に触れた、濡れた空気の温度

ホテルを出て、久屋大通公園までゆっくりと歩く。アスファルトが雨に濡れ、街の灯りが鏡のように地面に溶け出していた。六月の湿った空気は重く、少しだけ肌にまとわりつくけれど、それがかえって、繋いだ手の体温を鮮明に伝えてくれる。一本の傘の下、僕たちは肩を寄せ合って歩いた。ふと見ると、傘が少しだけ君の方に傾いている。僕の左肩がじわじわと濡れていくけれど、それを指摘するのは野暮な気がして、僕はただ、その優しい傾きに身を任せていた。濡れた布地が肌に張り付く感覚さえも、今は心地よい。

道端の紫陽花は、雨をたっぷりと吸って深い青に染まり、静かな意志を宿しているようだった。霧に包まれ、輪郭をぼかした未来タワーを眺めながら、「不便な旅こそ、贅沢だね」と君がふと呟く。その声が雨音に溶けて消えそうになるけれど、僕の心には深く響いた。僕の靴が歩くたびに「キュッ、キュッ」と情けない音を立て、僕たちは顔を見合わせて吹き出した。かっこいい旅の思い出にしたかったけれど、こういう不器用なリズムこそが、僕たちらしい。

名古屋の街は、賑やかなのにどこか静かだ。錦の街を抜けて、雨の匂いが濃くなるたびに、僕たちの距離がほんの数ミリだけ近づいた気がする。目的地に着くことよりも、こうして一緒に濡れながら歩くこと自体に、名前のない意味があった。正解なんてないけれど、この不確かな心地よさを、僕はずっと持っていたいと思った。雨に濡れた街並みが、僕たちの関係をより深く、濃い色に塗り替えてくれたような気がした。

雨の音がまだ、遠くで鳴っている部屋から。

  • 朝食のライブキッチンで、焼きたてのオムレツをリクエストしてほしい。
  • 栄駅か久屋大通駅から、あえて一本の傘でゆっくり歩いてみるのがおすすめ。