← 戻る ANAクラウンプラザホテル 長崎グラバーヒル

二つの枕のあいだにある、名前のない距離

二つの枕のあいだにある、名前のない距離

ほどける距離、重なる静寂

指先に触れるカードキーのプラスチックが、秋の夜風に冷やされていて、少しだけ心細かった。大浦天主堂からの短い道のり、湿った海風が頬を撫で、石畳を叩く靴音だけが、私たちのあいだにある気まずい沈黙を埋めていた。ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルの重厚なドアを開けて中に入った瞬間、外の喧騒がふっと消え、代わりに清潔なリネンの香りと、丁寧に調律された静寂が流れ込んでくる。ツインルームに足を踏み出すと、ふかふかのカーペットが足音を優しく吸い込み、世界から切り離されて二人きりになれたという静かな安堵感が胸に広がった。並んで置かれた二つのベッド。そのあいだにあるわずかな隙間が、今の私たちの、触れそうで触れないもどかしい距離感にちょうどいい気がして、私はただ、窓の外に宝石をぶちまけたように広がる長崎の夜景を、ぼんやりと眺めていた。

隣でカードキーを握る彼女の指先が、わずかに震えていたことに気づく。ドアが開いて部屋に入ったとき、僕はすぐに荷物を置かず、しばらくの間、部屋の空気を確かめるように立ち尽くしていた。間接照明の柔らかな光が、彼女の横顔を淡く照らしている。その静かな表情を見ていると、彼女が何を考えているのか、あるいは僕と同じように不安に震えているのかが分からなくて、胸の奥が小さくざわついた。けれど、ゆっくりとベッドに腰を下ろし、深く、長いため息をついたとき、肩の力がふっと抜けるのが分かった。旅の緊張が、この心地よい空間でようやく解けたのだ。僕たちは言葉を交わさなかったけれど、次第に同じリズムで呼吸を始めた。その静寂は決して冷たいものではなく、使い込まれた毛布のような温もりを持っていた。彼女がふとこちらを向いて、少しだけ困ったように笑ったとき、心の中にあった硬い結び目が、一本だけ、するりと緩んだ気がした。

青いタイルが繋いだ記憶

ロビーを通り抜けるとき、ふと足元のポルトガルタイルに目が止まった。鮮やかなコバルトブルーと白が織りなす幾何学模様。それは、私たちがこれまで歩んできた、少しだけ不器用でもつれた関係のようにも見えた。けれど、そのタイルを二人で同時に見つめたとき、ふっと同時に笑いが漏れた。誰が先に笑ったのかは覚えていない。ただ、その瞬間、もつれていた糸が心地よく解けた感覚があった。部屋に戻り、地元のカステラを半分に割って分け合ったとき、蜂蜜のような甘い香りが部屋に満ち、彼が不器用に口元にクズをつけた。それを指で拭おうとして、また小さく笑い合う。そんな、誰にも見せる必要のない、取るに足らない瞬間こそが、この旅の本当の目的だったのかもしれない。ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルの青いタイルの上で、私たちは、正解を出すことよりも、ただ同じ景色を見て笑い合えることに価値があるのだと気づかされた。

窓の外、長崎の夜景がゆっくりと灯り、私たちの夜が静かに始まる。

  • 大浦天主堂からホテルまで、秋の冷たい空気を深く吸い込みながら、あえてゆっくりと歩いてみて。
  • 部屋で地元のカステラを分け合いながら、計画にないとりとめのない話を、夜が更けるまでしてみて。