頬を打つ風が、鋭いナイフのように冷たい。駅からの道を歩きながら、誰かが「5分で着く」と賭けていたけれど、実際には15分もかかった。石畳の上を転がるスーツケースの乾いた音が、不規則なリズムで冬の街に響いている。信じられないけれど、私たちは地図を読み違えて完全に逆方向に歩いていた。けれど、そのおかげで迷い込んだ名もなき路地の、凛とした静寂と冬の澄んだ空気は、案外悪くなかった。
HIDEOUT SUITEのキッチンで、バターが溶けてパチパチと弾ける音が心地いい。地元のスーパーで買い込んだ京野菜を適当に炒めていたら、誰かが塩を入れすぎた。ぶっちゃけ味は微妙だったけれど、立ち上る白い湯気が眼鏡を真っ白に曇らせて、みんなで笑い転げたあの瞬間が、何よりも贅沢に感じられた。空腹の時に誰かが作ってくれた不格好な料理ほど、心まで温めてくれるものはなかなかない。
「ねえ、充電器持ってきたの誰?」という問いに、一瞬で全員が沈黙した。誰が責任を取るかで始まった、くだらない言い争い。けれど、その喧騒が広いリビングに反響して、まるで自分たちだけの小さな劇場にいるみたいだった。「もう、本当にどうにかしてよ」という呆れた溜息さえ、この旅の心地よいBGMに聞こえてくる。ありえないミスを積み重ねるたびに、このメンバーで旅に出て正解だったなと、口には出さずに確信していた。
ラウンジにあるレコードプレーヤーに、そっと針を落とす。パチッという小さなノイズの後に、懐かしいメロディが流れ出した。昔、みんなで聴いていたけれど、今聴くと少し恥ずかしいあの曲。リズムに合わせて適当に体を揺らしていると、誰かが歌詞を大胆に間違えて歌い出し、また爆笑が巻き起こる。完璧なプレイリストよりも、こういう不完全な時間が、私たちの間にある空気感をちょうどいい温度にしてくれる。
午前6時のラウンジ。まだ街が深い眠りの中にあり、世界に私たちしかいないような錯覚に陥る。ソファのファブリックの少しざらついた質感と、肌を刺す冷たい空気。淹れたてのコーヒーの香りが、ゆっくりと、けれど確実に空間に広がっていく。何も話さなくても、隣に誰かがいることがわかる。孤独とは一人でいることではなく、分かち合える静寂を持っていないことなのかもしれない。ここでは、ただ静かに呼吸をしているだけで十分だった。
ベッドからキッチンまで、裸足で歩く。フローリングのひんやりとした温度が足裏に伝わり、意識がゆっくりと覚醒していく。TUNE STAY KYOTOのHIDEOUT SUITEは、心地よい距離感がある。誰かが静かな寝息を立てている横で、誰かがこっそり夜食を食べている。その、緩やかに繋がっている感覚。壁一枚隔てた向こう側に信頼できる誰かがいるという安心感は、どんな高級なアメニティよりも、深く心に浸透していく。
初詣の途中で、予報になかった雪が舞い降りた。鮮やかな赤い鳥居が、白い粒子にゆっくりと覆われていく。寒さで指先が悴んで、スマホの画面がうまく操作できない。でも、その不便さが心地よかった。「見て、本当に綺麗だよ」と誰かが呟いた声が、冷たい空気に溶けて消えていく。計画していた観光ルートをすべて捨てて、ただ雪が積もるのを眺めていたあの時間は、人生で一番贅沢な時間の使い方だった。
旅の記憶は、和紙に落とした墨のように、ゆっくりと境界線を失って滲んでいく。どこまでが計画で、どこからが偶然だったのか、もう分からない。ただ、TUNE STAY KYOTOで過ごしたあの濃密な時間が、日常という白い紙の上に、消えない染みのように深く残っている。それは寂しさではなく、いつでも戻れる場所を持っているという、静かな自信のようなものだ。私たちは、またあんなふうに心地よく迷子になりたいと思う。
最後に見た雪の結晶が、まつ毛の上で静かに溶けた。
- 隠れ家みたいなHIDEOUT SUITEで、あえて何も計画せずにダラダラ過ごしてみて。
- ラウンジのレコードで、あえて「今さら聴くか」という懐メロを流して盛り上がって。