← 戻る HOTEL M's PLUS SHIJO OMIYA

玄関に並んだ、少しだけ濡れたスニーカー

玄関に並んだ、少しだけ濡れたスニーカー

濡れたアスファルトと、迷子の予約メール

雨上がりの京都。ねっとりと鼻の奥に張り付くアスファルトの匂いと、石畳を叩くキャリーケースの不規則なリズムが、街の喧騒に混ざり合って心地よい不協和音を奏でていた。「ねえ、予約メール誰が持ってるの?」という絶望的な問いに、三人が同時に声を上げた瞬間、周囲の視線が集まり、私たちは同時に吹き出した。笑いと混乱が入り混じる中、ホテルエムズ・プラス四条大宮の自動ドアが開いた瞬間、外の重苦しい湿気がふっと消え、冷房の乾いた風が火照った頬を優しく撫でた。その鮮やかな温度差に、ようやく私たちは「京都に辿り着いたんだ」と実感した。

このホテルが私たちに教えてくれた4つの真理

「誰がどこで寝るか」という高度な領土問題。 ダブルルームのベッドという限られた聖域を巡り、私たちは静かながらも激しい政治闘争を繰り広げた。140センチの幅をどう分担するか、定規で測る勢いで議論し、妥協点を探ったが、結果的に端に追いやられた友人の絶望的な顔が、この旅最高のコメディとなった。狭い空間だからこそ、お互いの距離感が可視化される。

裸足で踏むタイルの、残酷で心地よい温度。
バスルームの白いタイルが想像以上にひんやりとしていて、歩くたびに足裏から体温がゆっくりと吸い取られていく感覚。けれど、外の蒸し暑さに疲れ切った身体には、それが冷たい水に浸かっているような至福の快感であり、最高のご褒美だった。冷たさが心地よいのは、心がほどけていたからだろう。

「歩いてすぐ」という言葉に隠された迷宮。
阪急大宮駅からホテルまでのわずかな距離に、どれほどの路地裏が潜んでいるか。私たちはあえて地図を捨て、迷子になることを全力で楽しんだ。古い町家の壁に触れ、雨に濡れた苔の緑に目を奪われながら、誰が曲がり角を間違えたかで口論が続いたが、ホテルエムズ・プラス四条大宮の心地よい空間に戻ってきたとき、その不毛な時間こそが旅の醍醐味だったと感じた。

プロの親切心には、幼稚な企みは通用しない。
スタッフの方の英語があまりに流暢で、洗練されたホスピタリティに溢れていたため、わざとたどたどしく話して反応を伺うという、大人の皮を被った子供のような賭けを密かにしていた。しかし、完璧なタイミングでのエスコートと温かい微笑みに、私たちの浅はかな作戦はあっけなく崩れ去り、最後はただただ脱帽するしかなかった。

リストの余白にこぼれ落ちた、光の粒

計画にはなかったけれど、一番心に深く刻まれたのは、午後三時の部屋に差し込んだ光のことだ。雨上がりの太陽が窓ガラスを透過し、部屋の中に小さな虹のような、プリズムを通した光の粒がいくつも散らばっていた。それはまるで、誰かがこっそり光の種をまいたみたいに、白い壁や床の上で静かに踊っていた。私たちは誰からともなく言葉を失い、ただその光がゆっくりと移動していくのを、パリッとしたシーツの感触に身を任せて眺めていた。普段なら「気まずい」と感じるはずの沈黙が、ここでは心地よい重さを持ち、私たちの関係をそっと繋ぎ止めていた。外で降り始めた小雨の音と、部屋に漂うかすかなリネンの香り。そういう、計画にない空白の時間こそが、旅を旅たらしめるのかもしれない。もしかすると、私たちは何か特別な体験を探しに来たのではなく、ただこうして一緒に静かになる時間を分かち合いたかったのだと、光の粒が消える頃に気づいた。

湿った靴下を脱ぎ捨てたとき、心までふっと軽くなった。

  • 近くの路地裏にある名もなき店にふらりと入り、冷たい抹茶で喉を潤すこと。
  • 紫陽花が咲き乱れる寺院へ、あえて一本の傘に二人で肩を寄せ合って歩くこと。