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明かりを消した後の、部屋の温度

明かりを消した後の、部屋の温度

真夜中、誰が空腹の合図を出すか

肌にまとわりつく硫黄の香りが、かすかに鼻をくすぐる。温泉から上がったばかりの体は、芯まで熱を帯びていて、心地よい倦怠感が波のように押し寄せていた。一月の草津の夜は、空気が鋭い刃物のように研ぎ澄まされている。窓の外では静かに雪が降り始めており、気圧がゆっくりと下がっていくあの特有の重みが、部屋の隅々にまで浸透してくる気がした。僕らは、誰が一番に「お腹が空いた」と口にするか、密かに賭けをしていた。豪華な夕食を堪能したはずなのに、深夜の静寂は、なぜか胃袋に心地よい空白を作り出す。結局、負けたのは僕だった。コンビニまで行くという、冬の夜にしては少し無謀な提案をしたのは僕だ。ホテル一井のロビーを抜け、外に足を踏み出した瞬間、凍りついた空気が肺の奥まで突き刺さる。しかし、その刺すような冷たさが、かえって僕らの意識を鮮明にさせていた。もこもこの上着に身を包み、雪道を歩くブーツの乾いた音だけが、夜の静寂にリズムを刻んでいた。

菓子屑と本音の混ざり合う時間

部屋に戻ると、湯畑側エグゼクティブルームのしっとりとした空間に、電気暖炉のオレンジ色の光がゆらゆらと揺れていた。買ってきたスナック菓子をテーブルに広げ、ネスプレッソで淹れたコーヒーの濃密な香りが、冷えた空気をゆっくりと塗り替えていく。飛騨家具のソファに深く沈み込み、僕らはとりとめもない話を始めた。

「ぶっちゃけ、今年の抱負なんて、もう全部忘れたよね」

誰かがくすくすと笑いながら言う。僕らは、正月の期待感と、それに伴う小さな絶望感について、交互に言葉を重ねた。人生の正解なんて、きっとどこにもない。でも、この部屋の温度と、隣にいる誰かの気配だけは、正解に近い気がした。

「いいじゃん、計画通りにいかないのが旅だし、人生だし」

ふと、誰かがポテトチップスをこぼし、それがラグの上にパラパラと散らばった。その情けない光景に、僕らは同時に吹き出した。高級な客室で、深夜二時に菓子屑を拾い集めるという、なんとも拍子抜けする時間。でも、そういう、計画にない小さな綻びこそが、旅の輪郭をはっきりさせてくれる。プロジェクターが壁に映し出すぼんやりとした光の中で、僕らは互いの不完全さを、ただ静かに受け入れていた。というか、受け入れざるを得ないほど、心地よい疲労感に浸っていたのかもしれない。

満腹のあとに訪れる、深い静寂

食べ終え、言葉も途切れた。あとに残ったのは、耳の奥で低く鳴っているような、深い静寂だ。シモンズ製のマットレスに体を預けると、まるで温かい雲に吸い込まれるような感覚に陥る。重力から解放されて、意識がゆっくりとほどけていく。窓の外に目をやると、遠くに白根山嶺のシルエットが、深い夜の闇に溶け込んでいた。もしかしたら、僕らが本当に求めていたのは、贅沢な設備ではなく、こういう「何もしなくていい時間」だったのかもしれない。孤独は、解消すべき問題ではなく、僕らが生まれ持った一つの器官のようなものだ。でも、同じ空間で同じ静寂を共有しているとき、その孤独は、心地よい重みへと変わる。誰にも邪魔されず、ただそこにいてもいい。そんな許可を、この部屋の空気が静かに出してくれている気がした。雪はさらに降り積もり、外の世界との境界線を、ゆっくりと消し去っていく。

遠くの湯畑から立ち上る白い湯けむりが、夜の闇に静かに溶けていた。

  • 地元のコンビニで買える、熱々のおでんと地酒の組み合わせ。
  • ホテル一井のラウンジで、夜風に当たりながらゆっくり飲むホットチョコレート。