← 戻る 河口湖ホテルニューセンチュリー

目を閉じても、山だけがそこにいた

河口湖ホテルニューセンチュリーで試した「4つの無謀な作戦」

富士山を背景にした「完璧な」集合写真の追求:結果は散々な失敗。冬の刺すような強風が頬を叩き、誰かの髪が顔に張り付く。淡い冬の陽光が富士山の稜線を白く縁取っていたが、シャッターを切るたびに誰かが瞬きをし、「今の、変じゃない?」という不満が飛び交う。冷え切った指先でスマホを操作するも、画面が凍りついたように反応が鈍い。結局、一番心に残ったのは、誰かが盛大に転びそうになった瞬間の、ひどく不格好で、けれど最高に純粋な笑顔だった。その瞬間だけは、風さえも心地よいBGMに聞こえ、完璧さよりも大切なものを撮れた気がした。

夕食のメイン料理をあえて「バラバラに注文」する作戦:これは大成功。甲州ほうとうのどっしりとした味噌の香りと、牛すき焼きの甘い醤油の匂いがテーブルの上で激しく喧嘩している。立ち上る白い湯気に包まれながら、「一口ちょうだい」と皿を奪い合う光景は、大人の旅を忘れさせるほど賑やかで、胃袋も心も満たされた。もちもちとした麺の弾力が、冷えた体にじんわりと染み渡る。互いの好みを共有し、味の感想を言い合う時間は、料理以上の贅沢な調味料になり、夜が更けるまで会話が止まらなくなった。

「霊水の湯」の溶岩風呂で誰が一番長く耐えられるか選手権:結果は予想外。競い合うはずが、とろりとしたお湯の心地よさに、全員が5分で意識を飛ばしかけた。肌にまとわりつく熱量と、かすかに漂う温泉特有の香りに、勝ち負けなんてどうでもよくなる。ザアザアと注がれるお湯の音が、外界の雑音をすべて消し去ってくれた。思考がゆっくりと溶け出し、心までお湯に浸かっているような、至福の脱力感に包まれた。「もう出られない」という誰かの呟きが、心地よいエコーとなって浴室に響き、私たちはただ静かに湯気に溶けていった。

駅からホテルまでの徒歩6分を「大冒険」だと思い込むこと:完全な失敗。12月の河口湖の空気は、肺の奥まで凍らせる鋭い刃のようだった。凛とした冬の香りが鼻腔を突き抜け、わずか6分という距離が、体感では6キロほどに感じられ、「もう無理、足の感覚が消えた!」という悲鳴が上がる。吐く息は真っ白に染まり、寒さで震える肩を寄せ合いながら歩く。絶望の果てに、遠くに見えたロビーの黄金色の灯りは、まるで砂漠で見つけたオアシスのようだった。あの温もりへの渇望こそが、旅の緊張感を最高潮に高め、到着した瞬間の安堵感を何倍にも増幅させてくれた。

旅の記憶を刻むスコアボード

結局、何が一番価値があったか。それは、河口湖ホテルニューセンチュリーの和室に漂う深い静寂だった。深夜3時、消灯後の暗闇で「誰が最初に白旗を上げるか」と賭け事をする贅沢。計画通りにいかないズレこそが旅の正解で、お風呂上がりに啜ったほうとうの熱さが、今も指先に残っている。完璧な旅より、不完全な私たちがただそこにいたという感触こそが、最高のハイライトだった。

冬の夜、最後に見た富士山は、驚くほど静かに笑っていた。

  • ほうとう鍋は迷わず選んでほしい。あの麺の太さは、冬の心にちょうどいい重さだ。
  • 無料シャトルバスを使い倒すこと。12月の風に晒される時間を最小限にするのが、友情を維持するコツだ。