← 戻る 定山渓第一寶亭留 翠山亭

雨の匂いと、誰かが忘れた充電器のこと

雨の匂いと、誰かが忘れた充電器のこと

湿った風と、不完全な旅の始まり

スーツケースのアルミ製ハンドルが、指先にひんやりと張り付いている。六月の札幌は、空気が水分をたっぷりと含んでいて、肌に触れるたびに薄い膜を張られたみたいに心地よい。僕らはバス停へと向かう道すがら、誰が一番先に「疲れた」と口にするか、あるいは誰が一番重要なものを忘れたかで、密かに賭けをしていた。「どうせ最後は誰かが泣きつくんだろ」なんて冗談を言い合いながら、賑やかに歩く。結果、君がモバイルバッテリーを忘れたところで決着がついたけれど、その絶望した顔を見たとき、僕らは同時に吹き出した。笑い声が湿ったアスファルトに吸い込まれていく。旅の始まりはいつも、こういう小さな、どうでもいい不完全さから始まるものだと思う。目的地へ向かうバスを待つ間、僕らの会話はとりとめもなく、けれど心地よいノイズとなって、雨上がりの街の匂いと共に溶け込んでいた。

深緑の静寂へ、紫色の雲に誘われて

定山渓へ向かうシャトルバスの中で、僕は額を冷たい窓ガラスに押し付けていた。エンジンの低い振動が骨にまで伝わってきて、それがなんだか心地よいメトロノームのように感じられた。外を眺めると、都会の色彩が次第に剥がれ落ち、景色がどんどん深い緑に塗り替えられていく。ふいに、道端に咲き乱れる紫陽花が目に飛び込んできた。雨に濡れた花びらは、まるで地面に降りた紫色の小さな雲の塊みたいに重たそうに揺れている。信じられないと思うけれど、僕らはその景色を見た瞬間、それまであんなに騒いでいたのが嘘みたいに静かになった。誰かが「綺麗だね」と小さく呟いたけれど、返事は誰もしなかった。ただ、車内に流れる沈黙が、心地よい周波数にチューニングされていく感覚があった。もしかすると、僕らが本当に求めていたのは、目的地に辿り着くことよりも、この「何も話さなくていい時間」だったのかもしれない。窓の外を流れる深い森の香りが、意識の奥底まで浸透していくのがわかった。

畳の体温と、自分に還るための余白

定山渓第一寶亭留 翠山亭の扉を開けたとき、最初に届いたのは、微かに香るお香と古い木材が混ざり合った、落ち着いた温度の匂いだった。案内された和風ベッドルームに入り、靴を脱いで畳の上に足を下ろすと、足裏からじんわりと、この場所が持つ静かな体温が伝わってくる。誰がどこに寝るかでまた揉めたけれど、結局は布団を広げた瞬間の、あの独特のふかふかした感触に全員が屈服した。ベッドよりも、地面に近い場所で眠るという体験は、なんだか自分の中の重心が少し下がるような、不思議な安心感がある。

夕食に供された地元の精肉店から届いたお肉は、炭火の香ばしさと共に、口の中で濃密な重量感を持って溶けていった。冷えた日本酒が喉を通るたびに、旅の緊張がゆっくりと解けていく。けれど、僕が一番惹かれたのは、館内にある「風呂屋書店」という空間だった。約二千五百冊の本が並ぶその場所は、お風呂のように本に浸れる場所だという。友人たちの賑やかな笑い声から少しだけ離れて、古い紙の匂いに包まれていると、自分の輪郭が少しだけぼやけていく気がした。誰にも邪魔されず、ただページをめくる指先の感触だけを感じている時間。賑やかな旅の中にある、こういう「一人になれる隙間」があるからこそ、僕らはまた一緒に笑い合えるのかもしれない。

貸切風呂に浸かったとき、肩まで浸かったお湯の温度がちょうどよくて、ふっと全身の力が抜けた。耳に届くのは、遠くで流れる渓流のせせらぎと、時折聞こえる鳥の声だけ。視界に入るのは、雨に濡れてさらに色を深めた谷の緑。ここでは、何かを解決したり、正解を探したりする必要はない。ただ、そこに在ることを許されている。そんな感覚に包まれながら、僕は隣で贅沢にのぼせている友人の顔を見て、ふっと笑った。僕らの旅は、計画通りにはいかないけれど、そのズレこそが一番心地いいリズムなのだと思う。

雨に濡れた谷の空気が、頬を優しく撫でていった。

  • 貸切風呂で、あえて何もしない時間を十五分だけ作ってみて。
  • 風呂屋書店で直感的に選んだ一冊を、部屋の布団の中で読むのが正解。