← 戻る 定山渓万世閣ホテルミリオーネ

濡れた落ち葉と、少しだけ冷たすぎた牛乳

濡れた落ち葉と、少しだけ冷たすぎた牛乳

札幌駅の北口。どんよりとした灰色の空が低く垂れ込め、冷たい風が頬を刺す。そんな色彩を欠いた景色の中で、視覚的にかなり暴力的な「赤」が目に飛び込んできた。赤いジャンパーを着た係員さんだ。その鮮烈な色を見た瞬間、「ああ、本当に来たんだな」という実感が、指先の冷えとともにじわりと広がった。私たちは、この旅で誰が一番先に「疲れた」と漏らすかで密かに賭けをしていたけれど、バスに乗り込んだ時点ですでに誰かが深い寝息を立てていた。そんな、最初から噛み合っていない不協和音のようなリズムのまま、私たちは定山渓万世閣ホテルミリオーネへと運ばれていった。

予定調和を裏切った、五つの記憶の断片

鮮やかな赤が合図した、逃げ場のない旅の始まり
駅の雑踏とディーゼルの匂いの中で、あの赤いジャンパーだけが唯一の現実的な道標に見えた。バスのシートの少しざらついた感触と、隣で誰かが出しかけた小さすぎるあくび。目的地に着く前から、もうこの旅が計画通りにいかないことが確定していたという予感に、私たちは密かに安堵していたのかもしれない。

プライベートサウナの熱波と、心地よい絶望の境界線
プライベートサウナ付特別室で体験したフィンランド式ロウリュは、肺の奥まで焼かれるような濃密な蒸気に包まれた。そこからテラスの水風呂へ飛び込んだ瞬間、皮膚がギュッと縮こまる衝撃に、全員で同時に情けない悲鳴を上げた。誰が一番長く耐えられるかという不毛な勝負をしていたけれど、結局は全員でリクライニングチェアに転がり、ただ白濁した思考で空を眺めていた。あのとき、私たちは完全に日常という重力から解放されていた。

ビュッフェの皿に積み上がった、底なしの食欲という正体
地元産の牛乳が、驚くほどクリーミーで、喉を通る時に心地よい冷たさを運んできた。金色の照明の下、皿の上に山盛りになった料理たちを見て、「私たち、こんなに食べられたっけ?」と自分たちの底なしの胃袋に、ある種の恐怖さえ感じた。美味しいものを前にして、遠慮という言葉をどこかに置き忘れてきた私たちは、ただひたすら、目の前の味覚という快楽に没頭していた。

深夜三時、畳から洗面所までの果てしない静寂の旅
和室に漂う、い草の懐かしく落ち着く香り。ふと目が覚めて洗面所に向かうとき、裸足で踏んだ床のひんやりとした温度が、微睡んでいた意識を無理やり引き戻した。隣の部屋で誰かが小さく寝返りを打つ衣擦れの音。広い空間の中で、自分の足音だけがやけに大きく響き、自分が今どこにいるのかを一瞬だけ忘れた。そんな、心地よい方向感覚の喪失に身を任せた夜だった。

紅葉の赤に、言葉を奪われた贅沢な空白
定山渓の街を歩いていて、燃えるような紅葉の赤に囲まれたとき、誰一人として喋らなくなった。いつもなら誰かが誰かを揶揄っているはずなのに、聞こえるのは風の音と、濡れた落ち葉の土っぽい匂いだけ。沈黙が気まずいのではなく、むしろその空白が温かい毛布のように私たちを包んでいた。言葉にできない感情を共有できる関係こそが、何よりの贅沢だったのだと思う。

これらの断片が積み重なって

結局、計画していた観光スポットの半分も回らなかった。けれど、サウナで一緒に震えたことや、牛乳の濃厚さに驚いたこと、そして展望風呂から眺めた景色について、とりとめもない話をしていた時間。そういう、ガイドブックには絶対に載っていない「無駄な時間」こそが、この旅の真の骨格になっていた。正解を求める旅ではなく、ただ一緒に迷い、一緒に疲れる。定山渓万世閣ホテルミリオーネで過ごした時間は、不完全だからこそ愛おしい、最高の休息となった。

川のせせらぎが、遠くでずっと同じリズムを刻んでいた。

  • サウナ後の外気浴は、意識が溶けるほど心地よいので、時間に余裕を持って堪能してほしい
  • ビュッフェの地元産ミルクは、ぜひ最初の一口をゆっくりと味わい尽くしてほしい