← 戻る 定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌

湯気に溶けて見えなくなった、あの時の笑い声

5年後の私たちへ。11月の定山渓は、刺すほど冷たい空気に包まれていたね。でも、「定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌」のロビーに入った瞬間、ふわりと温度が変わり、強張っていた肩の力が抜けたあの感覚。ただ隣にいることの心地よさを、私たちはそこで思い出していた気がする。

5年後も指先に触れている、記憶の断片

足裏に吸い付く、深い森のようなカーペット
部屋に入って靴を脱いだ瞬間、足の指先がふわりと沈み込む。誰の足が一番深く沈むか、子供のように競い合って笑い合ったね。「見て、もう戻ってこない!」なんて冗談を言い合いながら。ふかふかの絨毯が歩くたびに心地よいリズムを刻み、静寂を飲み込むようなその厚みが、私たちの賑やかな会話を優しく包み込んでくれた。日常で張り詰めていた心の糸を、ゆっくりと、けれど確実に解きほぐしてくれる安心感があった。

岩盤浴に満ちる、乳白色の静寂と光
デラックスルームの岩盤浴に浸かっているとき、視界は白い湯気でぼやけ、窓の外の景色がプリズムのように屈折して見えた。意識が遠のくような心地よいまどろみの中で、「いま、私は完全に自由だ」と心の中で呟いた。視覚が制限されたことで、かえって隣で聞こえる穏やかな呼吸や、不意に漏れた小さな笑い声が、深い森の静寂に溶け込む音楽のように鮮明に響いていた。肌にまとわりつく熱気が、心の中の澱まで溶かし出してくれるようだった。

皿の上に盛り付けた、北海道の秋の色彩
欲張って盛りすぎたプレートが、運ぶ途中で危うく傾いたときの、あの心臓が跳ねるような緊張感。誰かが「あぶない!」と叫んだ瞬間に、全員が同じ方向を向いた、あの奇妙で愛おしい一体感。芳醇なバターが溶ける香りと、地元の根菜の素朴な甘みが舌の上で踊り、冷えた身体の芯からじわりと熱が灯る。北海道の秋を丸ごと飲み込んだような贅沢なひとときで、料理の温もりが凍えた指先から全身へと伝播していく感覚は、何物にも代えがたい贅沢だった。

二見吊橋に焼き付いた、燃えるような赤
刺すような冷風に吹かれながら見上げた紅葉は、網膜に焼き付くほど鮮やかで、目を閉じてもその残像が浮かんでいた。凍えそうな指先で温かい飲み物を握りしめ、お互いの防寒具の不格好さを笑い合った、不器用で贅沢な時間。風が木々を揺らす音が、まるで森が私たちに囁きかけているように聞こえ、私たちはただ、色彩の洪水に身を任せていた。あの赤色は、冬が来る前の最後の情熱のように、私たちの心に深く刻まれた。

5年後の私たちが、この記憶をひらくとき

おそらく、旅の行程や食事の詳細は記憶の隙間からこぼれ落ちているだろう。けれど、定山渓 鶴雅リゾートスパ 森の謌の部屋で、深夜まで語り合ったあのオレンジ色の間接照明の温度だけは、きっと消えない。壁に落ちる柔らかな影を眺めながら、私たちは互いの不完全さを、心地よい周波数として受け入れ合っていた。それは答えを出すための旅ではなく、ただ「ここにいていい」と確信するための静かな時間だった。思い出とは、鮮明な写真よりも、こうした曖昧で温かい光の記憶として残るものなのだろう。

濡れた木の香りと、静かに閉まったドアの音を添えて。

  • 別棟コテージのプライベートな空間で、森の呼吸に耳を澄ませる時間を。
  • 早朝の温泉街を散歩し、まだ眠っている森の冷たく澄んだ空気を吸い込んでほしい。