凍てつく夜の入り口、二つの温度
石和温泉駅からホテルまで、わずか三分の道のり。けれど十二月の夜気は鋭い刃のように冷たく、コートの襟を立てても隙間から忍び込む風が耳たぶを容赦なく削っていく。足元のコンクリートは氷のように硬く、歩くたびに靴底から体温が吸い取られていく感覚に、心まで凍えそうだった。しかし、石和常磐ホテルの自動ドアが開いた瞬間、肺の奥まで届く濃密な温もりに包まれ、ようやく「あぁ、生きていた」と深く息を吐いた。ロビーに漂う、古材の香りとどこか懐かしいお香が混ざり合った匂いが、張り詰めていた肩の力をふっと解いてくれた。
誰が一番先に「寒い」と悲鳴を上げるか、駅のホームで密かに賭けをしていた。結果は全員同時だったから、賭け金はなし。信じられないかもしれないけれど、隣を歩くあいつは寒さのあまり、歩き方が完全にペンギンになっていて、それを見て笑っていたら自分も同じ格好になっていた。ロビーに入ったとき、あいつの鼻先が熟したベリーのように真っ赤に染まっていて、それがなんだか可笑しくてたまらなかった。豪華な装飾よりも、そんな不格好で人間臭い瞬間のほうが、旅の始まりにふさわしい心地よさを感じさせてくれた。
湯気の向こう側、二つの記憶
目の前で焼かれる甲州牛の、あの激しい音が今も耳に残っている。熱い鉄板に肉が触れた瞬間、「ジューッ」という快い弾ける音が響き、白い煙が視界を幻想的に遮る。脂が溶け出し、表面が絶妙な琥珀色に変わるのを、私はただうっとりと眺めていた。口に運んだ瞬間、濃厚な甘みが舌の上で地図のように広がり、噛む必要がないほどに滑らかに溶けて消えた。添えられた塩がその贅沢な甘みをさらに引き立てる。身体が本能的に「これを待っていた」と歓喜し、静かに、けれど確実に満たされていく至福の時間だった。
肉の味はもちろん格別だったけれど、それ以上に、みんなの眼鏡が湯気で真っ白に曇ったあの状況が最高に笑えた。誰一人として、正しく相手の顔が見えていない。お互いに「え、今なんて言ったの?」と言い合いながら、手探りで箸を動かし、間違えて隣の皿の付け合わせを奪い合う。そんなカオスな空気感こそが、この旅の醍醐味だった。美味しいものを食べているときの、あの緩んだ幸福な表情を、曇ったレンズの向こう側でなんとなく感じていた。結局、誰が一番多く食べたかで揉めたけれど、最後には全員で笑い転げていた。
静寂の中で溶け合った、唯一の正解
貸切風呂に浸かったとき、私たちは口を揃えて「この温度が正解だ」と呟いた。石和常磐ホテルの美肌湯は、肌に触れた瞬間に絹のように滑らかな質感が伝わってくる。言葉で説明されるよりも、ただ「指先が滑る」という物理的な快感に心まで解きほぐされていった。十二月の外気で凍りついていた皮膚が、ゆっくりと、けれど確実に熱を帯びていく。お湯の中で誰が誰だか分からないほど視界が白く染まり、ただお湯の流れる音だけが耳に残る。孤独ではないけれど、心地よく一人になれる。そんな不思議な静寂に身を任せ、私たちはただ黙って、温もりに溶けていった。その後、和室ベッドのふかふかさに身を沈めたとき、心地よい疲労感と共に深い眠りが訪れた。
夜の冷たい空気が、火照った頬を心地よく締め付ける。
- 石和温泉駅から徒歩三分と至近のため、冬の夜道でも迷わず辿り着けます。
- 甲州牛のプランは、最大限に味わうためにお腹を空かせて挑むことをおすすめします。