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濡れた畳と、誰かの笑い声

濡れた畳と、誰かの笑い声

「誰が一番先に傘を忘れるか」という、くだらない賭けをしていた。結果、全員が完敗だ。石和びゅーほてるのロビーに滑り込んだとき、僕たちの靴下は不快なほどしっとりと濡れ、足先が冷え切っていた。フロントの人が差し出してくれた冷たいタオルの、あの鮮やかな柑橘系の香りと、肌にぴたりと張り付くひんやりとした感触。あそこでようやく、僕たちは自分たちがずぶ濡れであることを認め、お互いの惨めな姿に腹を抱えて笑い出した。



陶板の上で甲州牛の脂が弾ける、パチパチという小気味よい音。釜飯の蓋を開けた瞬間に立ち昇る、白くて濃い湯気が視界を真っ白に塞ぐ。地元の野菜が驚くほど甘く、口の中でとろけた。誰が何を喋っていたかも忘れて、ただ舌の上に広がる熱量と旨味に集中していた。お腹が満たされると、外で降り続く雨の音さえも、心地よいジャズのようなBGMに聞こえ始める。


ガラス張りのエレベーターに乗り込んだとき、誰かがいたずらっぽく壁に顔を押し付けた。「見て、金魚みたい」と誰かが言い、僕たちは同時に吹き出した。上昇していく景色とともに、歪んだ顔がガラスに張り付いている。そんなくだらない光景が、この旅の最高のハイライトになるのかもしれない。密閉された空間に、僕たちの笑い声だけが反響していた。


日本庭園の池を泳ぐ錦鯉の、鱗が光を反射して鈍く金色に光る様子を眺めていた。餌を撒いた瞬間、水面が激しく波打ち、魚たちが競い合う。どの魚が一番の食いしん坊か、適当な名前をつけて賭けを始めた。「あいつは絶対『大食い王』だ」なんて言い合いながら。大人の集まりなのに、やっていることは子供のままだ。でも、この場所ではそれでいい気がした。


午前6時の空気は、まだ皮膚に冷たく張り付いていた。庭にある滝から舞い上がる微細な飛沫が、霧のように頬を濡らす。激しく落ちる水の轟音だけが世界を支配していて、隣にいる友人の静かな呼吸さえもかき消される。静寂とは、音が無いことではなく、一つの大きな音に完全に包み込まれることなのかもしれない。


掘りごたつを備えた広々和室に足を入れたとき、足先からじんわりと伝わってきた木の温もり。狭い空間に無理やり数人で集まると、誰かの足が誰かの足に当たり、不器用な距離感が生まれる。そのもどかしさが、かえって心地よい。畳のい草の香りが、肺の奥までゆっくりと満たしていく感覚があり、心まで解きほぐされていった。


不意に降り出した雨の中、紫陽花が咲く道を歩いた。濡れたサンダルが地面に吸い付く、ペタペタという単調なリズム。青や紫に染まった花びらが、雨粒を湛えて重そうに揺れている。目的地に辿り着くことよりも、ただ一緒に濡れ、同じ空気を吸っていることの方が、ずっと大切な時間だったのかもしれない。


チェックアウトのとき、脱ぎ捨てた浴衣が、雨を含んで少しだけ重くなっていた。肌に残る温泉のぬるさと、心地よい疲労感。完璧な計画なんてなくてよかった。雨に降られ、迷い、笑い合った記憶だけが、指先に残る絹のような質感で、僕たちの心に深く刻まれている。

濡れたサンダルを並べて、僕たちはまた次の目的地へ歩き出した。

  • 錦鯉に餌をあげて、誰が一番大きな魚を惹きつけたか競ってみて。
  • 掘りごたつで足を絡ませながら、深夜までとりとめもない話をしてみて。