← 戻る ホテル花いさわ

間違えて混ぜたカクテルの温度

間違えて混ぜたカクテルの温度

混沌と笑い、甘すぎる夜の始まり

「ねえ、これ味がおかしくない?誰がシロップをこんなにぶち込んだのよ!」
「いいじゃん、クリエイティブなカクテルだよ。名付けて『雨の日のカオス』!」
「カオスっていうか、ただの砂糖の塊でしょ。信じられない、本当にセンスないな」
「あはは!でも見てよ、この絶妙に不気味な色!逆に映えるから、ネットに上げようよ」
「やめて、恥ずかしいから!……まあ、でも、この脳が痺れるような甘さが、今の疲れにはちょうどいいのかもしれないけどね」

グラスの中で氷がカランと鳴り、誰かの爆笑が部屋に響き渡る。私たちは互いの不器用さを笑い合いながら、心地よい喧騒に身を任せていた。

喧騒のあとに広がる、静謐な和の繭

ロビーに漂う、少しだけ冷たいグラスの結露が指先に張り付く。ホテル花いさわに足を踏み入れたとき、最初に感じたのは、外の湿った空気と室内の乾いた静寂がぶつかり合う、あの独特な境界線の温度だった。JR石和温泉駅から歩いてわずか五分。傘を叩く雨音に急かされながら歩いた道沿いには、雨に濡れて色を濃くした紫陽花が、誰に褒められるでもなく静かに、けれど誇らしげに咲いていた。

案内された和洋室に入ると、畳のい草の清々しい香りがふわりと鼻をくすぐる。裸足で踏みしめた床の感触は、ひんやりとしていて、それが火照った体に心地よかった。廊下との境目にある引き戸を開けるたびに、「ぎぎぃ」という小さく、けれど確かな音が鳴る。それは古い建物が深く呼吸しているような音で、その不完全さが、かえって私たちに「ここでは飾らなくていいんだよ」と許可をくれているように感じられた。

窓の外に広がる石和温泉の街並みは、夜が深まるにつれて深い藍色に溶け込んでいく。遠くを走る列車の低い振動が、壁を通じてかすかに伝わってきた。それは音というよりも、皮膚で感じるリズムに近い。私たちは、その一定の鼓動に合わせて、とりとめのない話を積み上げていった。誰かが笑い、誰かがそれに鋭いツッコミを入れ、また誰かが呆れて溜息をつく。そんな、いつもの、けれど旅先という非日常のフィルターを通したからこそ特別に響く、愛おしい不協和音。

温泉に浸かり、肌にまとわりつく湯気の温もりと、浴衣の少しざらついた生地の感触。それらが重なり合い、心の中の強張りがゆっくりと解けていく。豪華な設備があることよりも、深夜にふと目覚めて歩く廊下の静寂や、隣の部屋から漏れ聞こえるかすかな話し声のような、名もなきディテールにこそ、この旅の本当の輪郭があるのかもしれない。

午前二時、雨上がりの本音

「……正直、今回の旅行、誰か喧嘩して終わるんじゃないかって思ってた」
「え、誰が?私?まあ、確かにあいつの計画性は限りなくゼロに近いしね」
「ふふ。でも、案外うまくやってるよね。雨ばっかりだったし」
「雨だからこそ、こうして部屋に閉じ込められて、くだらない話ができたのかもね」
「そうだね。……なんか、今だけは、明日からの現実なんてどうでもいい気がする」
「わかる。ま、とりあえず今は、このぬるくなったお茶を飲み干して、ゆっくり寝ようか」

照明を落とした部屋に、低く、けれど確かな体温を持った声が溶けていく。昼間の喧騒が嘘のように、言葉のひとつひとつがゆっくりと、深く、心に染み込んでいった。

窓の外、雨上がりの夜空に一匹のホタルが、静かに光の線を引いていた。

  • ウェルカムドリンクのセルフカクテル作りでは、あえて正解を捨てて、友人と笑い合える変な味に挑戦してみてほしい。
  • 駅からホテルまでの短い道にある紫陽花を、あえてゆっくり歩いて観察すること。雨の日の色は、記憶に深く刻まれるから。