真夜中、誰が食欲の火をつけたか
六月の花蓮は、空気が水分をたっぷりと含み、まるで温かい濡れたタオルを全身に纏っているかのような、じっとりとした熱気に包まれていた。東大門夜市から花蓮假期飯店へと向かう十五分の道のりは、香ばしいイカ焼きの匂いと、誰かがこぼした飲み物の甘い香りが混ざり合う、熱帯特有の濃厚な夜の匂いに満ちていた。私たちは、「誰が一番、正解から遠い食べ物を買えるか」という、大人のすることとは思えないくだらない賭けに興じていた。結果としてビニール袋に詰め込まれたのは、正体不明の揚げ物と、完熟して今にも崩れそうな黄金色のマンゴー、そしてぬるくなりかけたコーラ。ロビーに足を踏み入れた瞬間、冷房の壁が体にぶつかり、汗ばんだ首筋がゾクっと震える。その激しい温度差に、ようやく自分たちが日常という名の心地よい迷路に迷い込んだことを実感した。部屋のドアを開けると、大地色系の落ち着いた空間が広がり、外の喧騒が嘘のように消え去った。けれど私たちの手にはまだ、夜市の騒がしさが袋いっぱいに詰まっていた。
咀嚼の合間にこぼれた、不完全な旅の記録
「ねえ、信じられないと思うけど、私たちの計画表って、もはやファンタジー小説だったよね」
ベッドの上にコンビニの袋と夜市の包み紙をぶちまけながら、誰かが吹き出した。私たちは、卒業旅行という名目で「完璧なスケジュール」を組んでいた。朝六時に起きて蓮の花を愛で、午後は音楽祭で踊り狂い、夕方は海岸線をドライブする。そんな、意識高い系の旅人ならやりそうなプランだ。でも実際はどうだったか。結果、私たちは昼過ぎまで泥のように眠り、蓮の花ではなくホテルの冷たいシーツの感触に恋をし、音楽祭では激しすぎるベース音に耳を鳴らしながら、ただ呆然と空を見上げていた。
「マジで、誰が六時起きを提案したっけ」
「私だけど。ごめん、あの時の私は正気じゃなかったと思う」
そう言って、半分に切ったマンゴーを口に運ぶ。とろけるような果肉が舌の上で爆発し、強烈な甘さが脳まで届く。その時、誰かが腕を滑らせ、オレンジ色の果汁が真っ白なシーツにぽつんと落ちた。一瞬、全員が静まり返る。けれど、その小さな汚れを見た瞬間、なんだかおかしくなって、同時に笑い出した。完璧じゃないことへの安心感。計画通りにいかないことへの、奇妙な快感。花蓮假期飯店の部屋は、通り沿いとは思えないほど静まり返っており、そこに響く私たちの笑い声は、外の音楽祭の喧騒よりもずっと、今の私たちのリズムに合っていた気がする。結局、私たちは「何もしなかったこと」を、この旅の最大の成果にすることに決めた。
胃袋が満たされた後の、凪のような静寂
袋の中身が空になり、会話のテンションがゆっくりと降りていく。部屋の中には、エアコンの低い唸り音だけが残っていた。それは、激しい雷雨の後にやってくる、あの奇妙な静けさに似ている。音楽祭で浴びた大音量の残響が、まだ耳の奥で微かに震えているけれど、今の私たちは、ただ冷たい空気の中で互いの呼吸を感じている。この感覚は、某種のラグのようなものかもしれない。外の世界の速度と、この部屋の中の速度が、ほんの少しだけズレている。そのズレこそが、旅というものの正体ではないかという気がする。誰にも邪魔されず、ただ「何者でもない自分」として、ぬるいコーラを飲み干す。もしかしたら、私たちは何かを探しにここへ来たのではなく、ただ「何も見つからない時間」を共有したかっただけなのかもしれない。肌に触れるリネンのひんやりとした感触が、心地よい眠りへと誘っていく。明日になればまた、地下一階の朝食会場へ適当な時間に降りて、適当な方向へ歩き出すのだろう。それで十分だと思った。
カーテンの隙間から、花蓮の街の灯りが、淡い光の粒となって床にこぼれていた。
- 東大門夜市で買った、濃厚なマンゴーと塩気の強い揚げ物の組み合わせ
- コンビニで調達した、氷が溶けかかった地元のフルーツティー