グラスの表面を伝う冷たい水滴が、指先をじっとりと濡らしていた。氷がカランと音を立てて溶けるまで、私たちはロビーのソファで、どこへ行くべきかさえ決められずにいた。計画なんて最初からなかったのかもしれないし、あったとしても、この熱気に溶かされて消えてしまったという気がする。
私たちの「迷走」を静かに見守っていた5つの証人たち
ロビーの白い大理石:裸足で踏むと、外の酷暑を忘れさせるほどひんやりとした冷気が足裏から突き抜ける。高い天井に反響するスーツケースの「ガガガ」という騒々しい音と、誰が一番遅れて到着したかというくだらない賭けに負けて、情けない顔で立ち尽くしていた友人の姿を、この白銀の床は冷徹に、けれどどこか優しく記憶している。
客室の大きな窓:7月の花蓮の空は、吸い込まれるほど濃い青色をしていた。窓の外でゆらゆらと踊る陽炎を眺めながら、「絶対にビーチに行くぞ!」と豪語していた私たちの決意が、エアコンの心地よい冷気に溶かされ、あっさりと崩れ去る瞬間をこのガラスは見ていた。「あと5分だけ……」という甘い囁きと共に、私たちは結局、ベッドの上でポテトチップスを頬張る道を選んだ。
洗いざらしのシーツ:日焼け止めの潮っぽい匂いと、誰かがこっそり持ち込んだ深夜のお菓子の甘い香りが混ざり合っている。午前3時、人生の正解なんてどこにもないという結論に達するまで、私たちはひたすら喋り続けた。シーツに刻まれた深いしわは、私たちがどれだけ身悶えしながら笑い、悩み、そして呆れ合ったかという、一夜の狂騒の記録だ。
シャトルバスの座席:エンジンの低い振動が心地よいリズムとなり、心地よい睡魔を誘う。地元の紅油抄手を食べすぎて、全員が幸福な飽和状態に陥っていたあの時間。隣で口を開けて熟睡している友人の顔を見て、誰かが小さく吹き出し、それが連鎖して、結局みんなで静かに笑い転げた。そんな、くだらないけれど贅沢な時間をこのシートは記憶している。
洗面台の曇った鏡:シャワー後の熱い湿気で真っ白になった鏡に、誰かが指で適当な落書きをした。湿気で言うことを聞かずに広がった髪を、鏡に張り付いて必死に直そうとしていた私たちの格闘。石鹸の香りに包まれながら、「完璧な旅なんて無理だね」と笑い合った、不格好で愛おしい私たちの姿をこの鏡は映し出していた。
もし彼らが口をひらいたなら
きっと彼らは、私たちを「騒がしい周波数の塊」と呼ぶだろう。福康大飯店という、落ち着いた気品が漂う空間に、あんなにも不釣り合いな笑い声を響かせていたのだから。特に、広々とした四人部屋で、柔らかいベッドに身を沈めながら、誰が一番に寝落ちするかを競っていたあの光景は、客室の調度品からすれば滑稽に見えたに違いない。けれど、その不調和こそが心地よかった。誰かが言い出した突飛なアイデアに乗り、結果的に迷子になり、結局は一番近くにある店で適当なものを食べて満足する。そんな、効率とは程遠い時間の使い方が、この旅の正解だった。私たちは、お互いの欠点を補い合うのではなく、お互いの欠点を笑い飛ばすことで、不思議な安心感に包まれていた。このホテルが持つ静かな包容力が、私たちの混沌としたエネルギーを、まるで深い海が波を飲み込むように、優しく受け止めてくれていたのだと思う。
夕暮れ時、窓の外で山々の輪郭がゆっくりと夜に溶けていくのを、ただ黙って眺めていた。
- 街中にある「花蓮香扁食」の紅油抄手を食べてみて。ピリッとした刺激が、夏の眠気を心地よく飛ばしてくれる。
- 予定を全部捨てて、鯉魚潭のほとりでただ夜風に当たること。何もしない贅沢を、一番信頼できる友人と共有してほしい。