午前11時、窓の外を流れる緑と百合の香り
車のシートから伝わる、かすかな振動が心地よい。エアコンの乾いた風が肌を撫でるなか、ふと窓を少し開けると、5月の花蓮特有の、湿り気を帯びた甘い風が車内に流れ込んできた。それは野薑花(ノカオウ)の濃厚な香りか、あるいはどこかで密かに咲いている百合の香りかもしれない。私たちは多くを語らず、ただ曲がりくねった山道を登っていた。この道は目的地へ向かうための最短距離ではない。何度も方向を変え、視界を遮る深い緑のトンネルを通り抜け、ゆっくりと高度を上げていく。そのもどかしく不自由な道のりが、なんだか今の私たちの関係に似ている気がして、私は小さく息をついた。「もう少しで着くかな」と、隣に座るあなたがぽつりと呟く。その声さえも、この静寂に溶けて消えていくようだった。
ふと視界が開けたとき、深い青色の海を背景に、鮮やかな赤い屋根の欧風建築が姿を現した。花蓮遠雄悅來大飯店。その壮麗な景色を目にした瞬間、隣に座るあなたの呼吸が、わずかに深くなったのがわかった。車を降りると、そこには街中の喧騒とは完全に切り離された、密度のある静寂が広がっていた。石畳を歩く靴音だけが規則正しく響き、遠くからは太平洋の低い唸るような波音が聞こえてくる。チェックインを済ませて部屋へ向かう廊下は、外の湿気とは対照的に心地よい温度に保たれており、歩くたびに柔らかなカーペットが足首を優しく包み込んだ。私たちは、お互いの歩幅を合わせようとして、少しだけぎこちなく、それでもゆっくりと歩いた。この場所なら、無理に言葉を探して埋める必要はない。ただ、この濃密な空気の中に一緒にいればいいのだと思えた。
午前5時、紺碧が白く溶け出す境界線
指先に触れたバルコニーのタイルが、ひやりと冷たい。まだ夜の名残がある5時の空気は、肌に張り付くようにしっとりとしていて、深く吸い込むたびに肺の奥まで浄化されるような感覚があった。目の前には、空と海の境界線が消え去った太平洋がどこまでも広がっている。最初は底の見えない深い紺色だった海が、時間とともに淡いグレーへ、そして透き通るような青へと、ゆっくりと、しかし確実に色を変えていく。その繊細なグラデーションを眺めていると、心の中にある整理のつかない感情さえも、凪いだ海に溶けて消えていくような気がした。昨日、ホテルからシャトルバスで訪れた海洋公園で、潮風に吹かれながら笑い合った記憶が、心地よい余韻となって胸に残っている。
部屋に戻ると、淹れたてのコーヒーの香りがふわりと漂っていた。白いカップから立ち上る湯気が、ゆっくりと円を描いて空中に消えていく。朝食のビュッフェで味わった、地元ならではの甘いサツマイモの温かさが、まだ胃のあたりに心地よく残っている。私たちは、パリッとした白いリネンのシーツに身を沈め、ただ静かに海を眺めていた。誰かが何かを言う必要はない。ただ、同じリズムで呼吸をしていること。それが、今の私たちにとって一番確かな正解だったのかもしれない。窓から差し込む柔らかな光が、あなたの横顔を淡く照らし出す。その輪郭を眺めながら、私はふと思った。答えを急いで出すことよりも、答えが出ないまま、こうして花蓮遠雄悅來大飯店の静寂に身を委ねて一緒にいる時間の方が、ずっと贅沢なことなのかもしれない、と。
カーテンが風に揺れ、二人の間に心地よい影が落ちた。