「本当に、ここであってるのかな」
「本当に、ここであってるのかな」
君がスマートフォンの地図を指差しながら、心細そうに呟いた。
「さあ。でも、なんとなくこっちな気がするよ」
僕は確信を持って答えられなかった。ただ、六月の花蓮を包む、肌にまとわりつく湿った空気が、まるで重い絹の布のように心地よかったから、そのまま歩き続けた。
「もし間違ってたら、また駅まで戻るだけだしね」
君が小さく笑う。その声が、潮風を含んだぬるい風に溶けて消えていった。
湿度と静寂が溶け合う境界線
花蓮駅からF HOTEL 花蓮站前館へと向かう短い道のり、僕たちは何度も足を止めた。アスファルトから立ち上る陽炎と、太平洋から運ばれてきた濃い塩の匂い。卒業したばかりの僕たちの間には、まだ名前のない空白があった。何を話せばいいのか、どのくらいの距離で歩けばいいのか。もしかすると、僕たちはまだ、お互いの呼吸のテンポさえ掴めていなかったのかもしれない。
ホテルの自動ドアが開いた瞬間、冷ややかな空気が肺の奥まで流れ込み、外の喧騒がふっと遠のいた。スタッフの親切な微笑みに迎えられ、案内された部屋に入ると、裸足で踏んだタイルのひんやりとした温度に、張り詰めていた緊張がほどけていく。隅々まで行き届いた清掃の心地よさと、真っ白なシーツが肌に触れる柔らかな摩擦音。エアコンの低い唸りだけが、静寂を心地よく満たしていた。
窓の外では、六月の強い陽射しが街を白く焼き付けていたが、ここには穏やかな停滞がある。僕たちは、買ってきたばかりのマンゴーをテーブルに広げた。黄金色の果肉にスプーンを入れると、濃厚な甘い香りが一気に弾けた。口いっぱいに広がる果汁の温度と、指先に残るわずかなねばつき。それを拭いながら、僕たちはどちらからともなく、今の自分たちの心地よさを確かめ合った。
ふと、エレベーターに乗ったときのことだ。壁に描かれた不思議な意匠を見て、君が首を傾げた。「これ、何階か分かるのかな」。僕も見たけれど、正直に言ってさっぱり分からなかった。結局、どちらが正解か分からないまま、適当なボタンを押して、間違った階に降り立った。そのとき、僕たちは同時に吹き出した。正解を出すことよりも、一緒に迷っていることの方が、ずっと贅沢な時間に感じられたから。
F HOTEL 花蓮站前館で過ごした時間は、何かを解決するための時間ではなく、ただ、今のままの自分たちでいいのだと、静かに許される時間だった。足りない部分があるからこそ、そこに相手の心地よい温度が入り込む余地がある。空白があるからこそ、深く呼吸ができる。僕たちは、完璧な旅を計画したわけではないけれど、この不完全なリズムこそが、僕たちにとっての正解だったのだと思う。
窓の外、オレンジ色に染まり始めた街並みが、ゆっくりと夜に溶けていった。
- 駅近くの路地裏で、地元の人に混じって熱々のワンタンスープを啜ってみて。
- 午後のティータイムに、ロビーの小さなクッキーを二人で分け合ってみて。