(タカの視点)
「本当にここで合ってるのか?」と、僕は何度か地図を確認した。目の前にあるのは、車一台通るのがやっとの狭い路地だ。湿ったコンクリートの匂いが鼻をつき、誰が置いたのかわからない植木鉢が、まるで迷路の標識みたいに不規則に並んでいる。自分の足音だけが不自然に響く静寂の中、もし行き止まりに突き当たったら誰の責任にするか、僕は心の中で密かに決めていた。けれど、その突き当たりに、不自然なほど鮮やかなターコイズブルーのドアが見えたとき、僕たちの「迷子作戦」は成功したのだと確信した。結局、チェックインまで誰が一番道に迷ったかで言い合いを続けたけれど。
(ユミの視点)
路地の入り口を曲がった瞬間、空気がふわりと変わった気がした。街の喧騒が遠のき、代わりに古い家々が静かに呼吸しているような、穏やかな音が聞こえてくる。壁に描かれた素朴な手書きのイラストや、陽だまりに当たって少し色あせた緑の葉っぱ。そんな小さなディテールを眺めて歩くのが、まるで秘密基地を探検しているみたいでワクワクした。隣でタカが「ここじゃない」としきりに焦っていたけれど、私はその不安そうな横顔も含めて、この旅の心地よいリズムだと思っていた。あの青いドアを開けたとき、中に広がっていたのは、想像よりもずっと温かい、誰かの記憶の続きのような空間だった。
一皿の肉圓、二つの味覚
(タカの視点)
彰化に来たら肉圓を食べなきゃ、という強迫観念に突き動かされて辿り着いた店。目の前に出されたそれは、もちもちとした弾力のある生地に、濃厚で甘いタレがたっぷりと絡んでいた。一口食べた瞬間、その強烈な甘さに衝撃を受けた。台湾の甘さは、時々暴力的なまでに真っ直ぐだ。けれど、中の筍のコリコリとした食感と、白い胡椒のピリッとした刺激が、その甘さを絶妙にコントロールしている。熱々の肉圓を頬張り、口の周りをタレだらけにした友人たちの顔を見て、「あぁ、本当に来たんだな」と、胃袋から納得した瞬間だった。
(ユミの視点)
肉圓の味はもちろんだったけれど、それ以上に記憶に刻まれているのは、店先に立ち込めていた白い湯気と、地元の人たちの賑やかな話し声だ。11月の少し冷えた空気の中で、その湯気が柔らかく舞っている様子が、なんだか映画のワンシーンのように美しく見えた。隣でタレをこぼして慌てているタカを笑いながら、私はゆっくりと味わった。甘いタレが舌の上で溶け、そのあとにやってくる出汁の深い旨味。それは単なる食事ではなく、この街の温度や、時間をかけて積み上げられた生活の匂いを一緒に飲み込んでいるような感覚だった。お腹がいっぱいになる前に、心が満たされていく。
私たちが唯一、心を重ねた場所
H1967の部屋に入って、まず僕たちが全員で黙り込んだのは、その床の感触だった。裸足で踏みしめた磨石子の床は、ひんやりとしていて、けれどどこか懐かしい。50年以上も前からそこにある床が、どれだけの足音を吸い込んできたのだろうか。檜の階段を上がるたびに、かすかに木の香りが鼻をくすぐり、ミシンを改造した洗面台の不思議な造形に、みんなで「センスが独特すぎる」とツッコミを入れた。けれど、そんな冗談を言い合いながらも、僕たちは気づけば、この家の静かなリズムに自分たちを合わせていた。豪華な設備はないけれど、ここには「誰かが大切にしていた時間」がそのまま残っている。その静かな肯定感に、僕たちは心地よく身を任せていた。
夜、古い木の扉を閉めたときの、低く深い音が耳に残っている。
- 彰化駅からの12分間の散歩を、あえて地図なしで楽しんでみて。
- H1967のターコイズブルーのドアの前で、誰が一番に気づくか賭けてみるのがおすすめ。