アスファルトを叩くキャスターの乾いた音が、12月の冷たい空気の中でやけに鋭く響いていた。右手に重いスーツケースを握りしめ、左手では上の子の服を掴まれ、足元では下の子が「あっちに何かいた!」と、どこへ向かうかもわからない方向へ全力で走り出そうとしている。その光景はまるで、複雑に絡まり合った古い毛糸の塊を抱えて歩いているような気分だった。彰化の街に降り立った瞬間、肌に触れる風はひんやりと鋭く、どこか遠くで誰かが淹れたお茶のような、土っぽくて静かな香りが鼻腔をくすぐる。
承攜行旅のロビーに足を踏み入れた瞬間、外の喧騒がふっと遠のき、代わりに子供たちの高い笑い声が天井の高い空間に心地よく反響し始めた。チェックインの手続きをしている間も、下の子はロビーの絨毯の感触が気に入ったらしく、わざと裸足になって足の指で生地の厚みを確かめている。「もう、じっとしていて」と口では言いながらも、私の心は不思議と穏やかだった。予定通りにいかないこと、誰かが泣き出しそうになること、荷物がどこかに置き忘れられること。そんな「旅のノイズ」が、ここでは不快な雑音ではなく、家族というチームがチューニングを合わせている最中の音のように感じられた。絡まり合った予定や焦りを、ひとつずつゆっくりとほどいていく作業が、ここから始まるのだという予感に包まれていた。
子供たちの瞳が見つけた、名もなき街の色彩
私たちは、あえて緻密な計画を立てないことにした。上の子が「あそこの看板の絵が変」と言えばそこへ行き、下の子が「お腹が空いた」と言えば、直感で目に入った店に飛び込む。そんなふうに、街の輪郭をゆっくりとほどいて歩いた。途中で立ち寄った老舗の店で飲んだ木瓜牛乳(パパイヤミルク)の味を、今でも鮮明に覚えている。口に含んだ瞬間、濃厚な甘みが舌の上でとろりと広がるけれど、後味にはほんの少しだけ、果実本来のほろ苦さが残っている。その不完全なバランスが、かえって本物らしくて、「ちょっと変な味がするけど、好き!」と笑う子供たちの口の周りは、白い髭のように真っ白に汚れていた。
夕暮れ時、八卦山の「月影灯季」へと向かった。紺青色に染まり始めた空に浮かび上がるオレンジ色の灯籠たちが、冬の夜気の中で柔らかく揺れている。その光景は、まるで夜の森に舞い降りた無数の火の粉のようだった。子供たちは、光の粒を追いかけるようにして、小さな足で一生懸命に歩いていた。ふいに、上の子が私の手をぎゅっと握りしめた。その手のひらは少しだけ湿っていて、でも驚くほど温かかった。「お母さん、見て!光が踊ってるよ」。大人が「美しい」と定義する景色よりも、彼らにとっては「光が動いたこと」や「冷たい風で鼻が赤くなったこと」の方が、ずっと重要な出来事なのだろう。そう思うと、効率的に観光地を回るという大人の価値観自体が、ひどくもったいないことのように思えてきた。
静寂という名の、贅沢な余白
子供たちが深い眠りに落ちた後、部屋にはやっとに、本当の意味での静寂が訪れた。承攜行旅の客室は十分な広さがあり、深夜の静まり返った空間では、自分の小さなため息さえも、かすかな残響を持って耳に届く。私は、冷たいタイルの温度を足裏で感じながら、ゆっくりとバスルームへ向かった。お湯の温度が心地よく、強めの水圧が、一日中張り詰めていた肩の力を強制的に抜いてくれる。皮膚の表面から、旅の疲れがゆっくりと溶け出していく感覚があった。
部屋に戻り、大きなドレッサーの前に座って、ふっと鏡の中の自分を見つめる。そこには、母親という役割を脱ぎ捨て、ただの一人の女性に戻った自分がいた。そして、心地よく沈み込む柔らかいベッドに体を沈める。パリッと乾いた白いシーツの感触と、布団の適度な重みが、まるで誰かに優しく抱きしめられているような安心感を与えてくれた。隣では、上の子が口を少し開けて、下の子が上の子の腕を枕にして、絡まり合ったまま眠っている。昼間のあの騒がしさが嘘のように静かだけれど、この静寂は孤独なものではなく、満たされた空白だった。人生において、孤独であることは治すべき病ではなく、もともと持っている臓器のようなものだと思っていたけれど、こうして大切な誰かと一緒に静寂を分か分かち合えるなら、それはこの上なく贅沢なことかもしれない。窓の外では、彰化の冬の夜が、深く、静かに降り積もっていた。
ほどかれた心地よさを、連れて帰る
チェックアウトの朝、下の子が「まだここにいたい」と、ホテルのドアノブを小さな手で掴んで離さなかった。上の子も、名残惜しそうにロビーの椅子に深く腰掛けている。出発する前のあの、少しだけ心に穴が開いたような、けれど温かい感覚。私たちは、旅に出る前に抱えていた「完璧な家族旅行にしたい」という強張った結び目を、この場所でゆっくりとほどくことができたのだと思う。
駅へ向かう道すがら、子供たちはまた、道端に咲く名もなき花や、不思議な形の石に夢中になっていた。私たちはもう、急いで目的地へ辿り着こうとはしなかった。ただ、この冬の乾いた空気と、家族の不揃いな歩幅を、そのまま受け入れて歩いた。スーツケースの中には、お土産と一緒に、少しだけ軽くなった心と、解きほぐされた心地よいリズムが詰まっていた。振り返ると、ホテルの建物が冬の柔らかな陽光に照らされて、静かにそこに佇んでいた。またいつか、この不完全で愛おしい騒がしさを連れて、ここに戻ってきたい。そう思うのは、きっとこの場所が、ありのままの私たちを許してくれたからだろう。
- 八卦山の「月影灯季」は夜の冷え込みが厳しいため、お子様には厚手のニットを。オレンジ色の光に包まれる時間は、言葉以上の記憶になります。
- 市街地で出会う木瓜牛乳は、ぜひ早めに飲み切ることを。時間が経つほどに増す果実のほろ苦さは、大人にとっても心地よい味わいです。