← 戻る ルネッサンス リゾート オキナワ

子供の頬に残った塩の白さ

喧騒の序曲と、肌にまとわりつく南国の熱気

ガタガタと、不揃いなリズムで床を叩くキャリーケースの乾いた音。ロビーに足を踏み入れた瞬間、十月の沖縄特有の、温かく湿った空気が濃密なヴェールのように全身を包み込んだ。冷房の鋭い冷気と、外から持ち込んだ熱気が激しくぶつかり合い、誰かが深く、安堵したように息を吐く音が聞こえる。チェックインの手続きを待つ間、次男はもうじっとしていられず、ふかふかとしたロビーの絨毯の上を小さな足で弾むように走り回っていた。長女が「ここはどこまで歩いていいの?」と何度も問いかけてくる。私はそのたびに「まあ、いいんじゃない」と曖昧に答えながら、心の中ではこの心地よい混乱を愉しんでいた。荷物を整理し、部屋へ向かうエレベーターの中、子供たちの興奮で空間の密度が一段と上がった気がする。ルネッサンス リゾート オキナワの廊下は、子供たちの奔放な足音を優しく吸い込むほどに厚みがあり、どこか包容力に満ちていた。完璧な静寂なんてどこにもない。けれど、この乱雑な音の重なりこそが、日常を脱ぎ捨てて旅が始まった合図なのだと、胸の高鳴りとともに実感した。

碧い水槽に飛び込んだ、予期せぬ歓喜

翌朝、まだ意識が半分眠りに落ちている状態でバルコニーに出ると、視界のすべてが深く濃い青に塗りつぶされていた。海と空の境界線が溶け合い、世界がひとつの巨大な水槽になったかのような錯覚に陥る。子供たちを連れて向かったのは、イルカたちが自由に暮らすプログラムの場所だ。水しぶきが頬に飛んだとき、心地よい冷たさと同時に、鼻腔をくすぐる潮の香りが「いま、ここにいる」ことを強く意識させた。次男がイルカに向かって一生懸命に、たどたどしい言葉で話しかけていると、イルカがふいに大きな泡をプシューと吹き出した。それを見た子供たちが一斉に大笑いし、その無垢な笑い声が水面に反射して、キラキラとした光の粒と一緒に跳ねている。私はその完璧な瞬間を切り取りたいと思い、夢中でカメラを構えた。けれど、シャッターを切った後で気づいた。レンズキャップを付けたまま、三枚も写真を撮っていたのだ。「あはは、パパ、何も撮れてないよ」と隣で笑っていた妻に、私は小さく肩をすくめて見せた。その後、喉の渇きを癒やすために飲んだシークヮーサージュースの、舌を刺すような鋭い酸味と、グラスの中でカランと鳴る氷の澄んだ音。あの冷たさが、じっとりと肌に張り付いた空気の厚みを、一瞬だけ心地よい快感に変えてくれた気がした。

静寂という贅沢と、ひんやりとしたタイルの記憶

夜、ようやく子供たちが深い眠りに落ちた。部屋の中には、使い古されたタオルと、脱ぎ捨てられたサンダルの残骸が、戦いのような一日の名残として散らばっている。さっきまでの喧騒が嘘のように消え去り、代わりに聞こえてくるのは、遠くで低く唸る波の音と、エアコンが刻む一定のハム音だけだ。裸足でバスルームへ向かうと、足の裏に触れたタイルの温度が、心地よくひんやりとしていた。その冷たさが、一日中走り回って火照っていた身体の芯まで浸透し、緊張をゆっくりと解いていく。窓の外には、深い闇に溶け込んだ海がどこまでも広がっていた。私たちは、バルコニーの椅子に深く腰掛け、ほとんど言葉を交わさずに夜風に当たった。「疲れたね」という短い言葉さえ不要な時間。ただ、隣に誰かがいるという確かな重みと、夜の湿り気が、私たちを静かに繋ぎ止めている。子供たちが寝静まった後のこの空白の時間こそが、親にとっての本当の贅沢であり、精神的な避難所なのだろう。空っぽになった空間が、心地よい重さを持って私たちを優しく包み込んでいた。

白い塩の結晶と、名残惜しい旅の終わり

チェックアウトの日。子供たちの頬には、海で遊び尽くした証である白い塩の跡が、うっすらと結晶となって残っていた。それを指でそっと拭うとき、この旅で得た本当の宝物は、予定表に書き込まれたアクティビティではなく、こうした名もなき断片なのだと気づかされる。次男は「まだイルカさんに会いたい」と泣きべそをかき、長女はロビーにある小さな飾りに心を奪われていた。車に乗り込み、バックミラーで遠ざかる Renaissance Resort Okinawa の白い建物を見たとき、胸のあたりに小さな穴が開いたような、切ない感覚があった。けれど、それは寂しさではなく、満たされた心だけが持つ心地よい充足感に近い。私たちは日常という元のリズムに戻るけれど、肌に染み付いたあの湿った空気の感覚と、不揃いな笑い声の記憶を、お守りのように持ち帰ることになる。きっと、またこの不自由で愛おしい騒がしさに会いに来るだろう。そう確信しながら、私たちはゆっくりと空港へ向かった。

  • 子供たちが飽きないように、あえて予定を詰め込まずに、ホテルの敷地内を迷路のように歩き回る時間を作ってみてほしい。
  • 夕暮れ時、バルコニーでシークヮーサージュースを飲みながら、ただ海の色が変わるのを眺めるだけの時間を15分だけ確保することを勧める。