← 戻る HIYORIオーシャンリゾート沖縄

テラスに濡れたサンダルが二足

潮風の洗礼と、心地よい混沌の始まり

飛行機を降りた瞬間、肌にまとわりついたのは、温いけれどどこか甘い香りのする六月の風だった。HIYORIオーシャンリゾート沖縄のロビーに足を踏み入れたとき、まず耳に飛び込んできたのは、冷房の低いハム音と、それとは対照的な子供たちの突き抜けるような高い笑い声。チェックインを待つ間、上の子はホテルの開放的な空間に興奮し、まるで自分の家であるかのように走り回り、下の子は私の足にしがみついて「海はどこ?」と何度も繰り返していた。足元に積み上げられたスーツケースの山は、これから始まる数日間の賑やかな混沌を予感させる。けれど、不思議と焦りはなかった。ただ、濡れたサンダルの底が床に刻む小さな水滴の音だけが、旅の始まりを告げる心地よいリズムのように響いていた。私たちは、この心地よい不協和音とともに、沖縄の深い青へと吸い込まれていった。

エメラルドの光を追いかける、小さな冒険者たち

部屋のドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、壁の純白と、窓の外に広がる圧倒的な青のコントラストだった。プレミアオーシャンスイートの広々としたリビングは、子供たちにとって最高の遊び場へと変貌する。上の子が「見て!海が部屋の中まで来てる!」と叫んだとき、私は彼が見ているのが、窓ガラスに反射して床に踊るエメラルドグリーンの光の粒であることに気づいた。彼らにとって、この空間は単なる宿泊施設ではなく、未知の惑星のような発見に満ちた場所なのだろう。外はしとしとと雨が降り始め、テラスの隅に咲く紫陽花が、雨を含んでいっそう深く、濃い青に染まっていく。土と雨の混じった濃密な香りが、窓越しに漂ってきた。下の子が、小さなプラスチックのコップで雨水をすくおうとして、結局自分の靴下をびしょびしょにしていた。その様子を見て、私はふと思った。旅の本当の思い出になるのは、計画した観光地ではなく、こういうどうでもいい、けれど愛おしい失敗の積み重ねなのだと。キッチンに備え付けられた洗濯乾燥機の存在が、このとき、どんな高級アメニティよりも心強く感じられた。濡れた靴下をすぐに洗えるという安心感は、親にとって最高の贅沢であり、このホテルが提供してくれる「暮らすような旅」の真髄なのだと感じた。

星降る静寂に身を委ね、自分へと還る時間

子供たちが深い眠りに落ち、部屋に本当の静寂が訪れたとき、ようやく私だけの時間が始まる。リビングからテラスへ続くフラットな導線を歩くと、夜の恩納村の空気が、昼間よりも少しだけ冷たく、澄んでいることに気づく。天空ジャグジーバスに身を沈めると、お湯の温度がちょうどよく、一日中張り詰めていた肩の力がゆっくりと、溶けるように抜けていった。見上げれば、雲の切れ間からこぼれる星たちが、海面に小さな光の粒を落としている。ここにある静けさは、単なる音の不在ではなく、心地よい密度の空間だ。昼間の騒がしさが、心地よい残響のように記憶の底にあり、それが今の静寂をより贅沢なものにしている。冷えた地元の飲み物を一口飲み、ただぼーっと水平線を眺める。誰の母親でもなく、誰の妻でもない、ただの私に戻れる時間。この適度な距離感こそが、家族と一緒に旅をするために必要な、小さな「空白」なのだと思う。ベッドのシーツのパリッとした清潔な質感に触れながら、明日もまた、あの賑やかな不協和音が始まることを、密かに楽しみにしていた。

不揃いな記憶を抱いて、またこの青に会いに来る

チェックアウトの日、上の子は「もう一回だけ、あのお部屋で走りたい」と、珍しく寂しそうな顔をしていた。荷物をまとめる手は止まらず、部屋の中は来たときよりもずっと乱雑になっている。けれど、その散らかり具合こそが、私たちがここで確かに「暮らした」証拠のように思えた。ロビーを出て、再び六月の湿った風に包まれたとき、ふと振り返ると、ホテルの白い建物が青い空に溶け込んでいるのが見えた。私たちは完璧な家族休暇を過ごしたわけではない。喧嘩もしたし、服は汚れたし、予定通りにいかなかったこともたくさんあった。けれど、そんな不揃いな時間が、一番心地よかった。空港へ向かう車の中で、心地よさそうに眠る子供たちの横顔を見て、私は小さく息を吐いた。次は、また違う季節の青色を、この子たちと一緒に見に来ようと思う。

  • 六月の雨の日こそ、テラスで紫陽花を眺めながら、あえて何もしない時間を過ごしてみてください。その静けさが、旅の最高の記憶になります。
  • お部屋のキッチンで地元の食材を使い、お子様と一緒に簡単な朝食を作ってみてください。暮らすように過ごす贅沢が、そこにはあります。