← 戻る BEB5沖縄瀬良垣 by 星野リゾート

濡れた足跡が、廊下に点々と続いていた

濡れた足跡が、廊下に点々と続いていた

家族という不協和音を、心地よい旋律に変えてくれる場所とは?

裸足で踏みしめたフローリングの、ひんやりとした滑らかな感触から記憶が始まる。BEB5沖縄瀬良垣 by 星野リゾートの「ゆんたくスイート」に足を踏み入れたとき、まず感じたのは、この空間が持つ大きな「受け皿」のような包容力だった。家族というものは、放っておけば簡単に不協和音を奏でる。誰かの不機嫌や、子供のわがままが重なり、日常という名のノイズに飲み込まれそうになる。けれど、この部屋の開放的な広さと、緩やかに繋がるリビングの構造は、そんな尖った感情を心地よい残響へと変えてくれる。

「あ、ここなら、いいかも」

ふと漏れた独り言が、高い天井に吸い込まれていく。キッチンがあることで、朝の風景は形式的なホテルでの食事ではなく、いつもの家の延長線上の温もりを帯びる。子供がシリアルをこぼし、誰かが慌てて拭き取る。そんな小さな混乱さえも、窓から差し込む柔らかな光に溶けていく。効率的な旅とは程遠いけれど、その不器用なやり取りこそが、私たちが本当に求めていた家族の周波数だった。完璧に整えられた空間よりも、少しだけ隙のある、自分たちのリズムで呼吸できる場所。ここでは「親」という役割を脱ぎ捨て、ただ一緒に時間を過ごす一人の「人間」に戻れた気がした。潮風がかすかに混じる空気の中で、私たちは久しぶりに、ただの「個」として、そして「家族」として、深く静かな呼吸を取り戻した。

子供たちの瞳に映っていた、最高の「遊び場」とは何だったか。

プールの水面に反射した、11月の淡い青色。肌を撫でる風からは夏の刺すような暑さが消え、心地よい涼やかさが漂っている。子供たちは、大人が「リゾート」と呼ぶ贅沢な設備など気に留めず、ただ全力で水を跳ね上げていた。バシャバシャという不規則な水音が、静かな庭園に響き渡る。その音は、まるで壊れたレコードのように何度も繰り返されるけれど、不思議と耳に心地よく、心の奥まで洗われるようだった。塩素の香りと、遠くから運ばれてくる潮の香りが混じり合い、記憶の底にある夏休みを呼び起こす。

ふと思い出したのは、プールから上がったばかりの次男が、大人のサイズのバスローブを無理やり羽織って廊下を歩いていた姿だ。「見て!僕、お化けみたい!」と叫びながら、裾が長すぎて自分の足に絡まり、そのままゆっくりと転がった。その瞬間、彼は泣くどころか、自分が大きな白い塊になったことに気づいて、声を上げて笑い出した。その場にいた全員が、同時にふっと肩の力が抜けたのがわかった。

31年中楽しめる屋外プールという贅沢な環境よりも、そんな「想定外の滑稽さ」こそが、旅の真のハイライトになる。子供の目には、このホテルは洗練された宿泊施設ではなく、ただの「巨大な遊び場」に映っていたはずだ。彼らにとっての正解は、常にシンプルで、そして驚くほど純粋な快楽の中にあった。水しぶきが太陽に照らされてダイヤモンドのように散らばる光景を見ながら、私は子供たちの純粋な歓喜に、自分自身の心を重ね合わせていた。

チェックアウトのとき、心に静かに降り積もっていたものは。

部屋の隅で、洗濯乾燥機が低く、規則的に唸っている。その一定の振動音は、旅の終わりを告げるメトロノームのようだった。濡れた水着や砂まみれのタオルが、もわっとした温かい空気と共に乾いていく。どこにでもあるはずの「生活の匂い」が、この非日常な空間に漂っていることに、言いようのない安心感を覚えた。

結局、私たちが持ち帰るのは、絶景や豪華な食事の記憶だけではない。子供が駄々をこねたときの絶妙に困った空気感や、深夜にリビングでこっそり分かち合ったお菓子の甘い味、そして、お互いの不完全さを笑い合えた静かな時間。それらが重なり合って、一つの心地よい和音になる。人生において、欠けている部分があるからこそ、そこに誰かが入り込む余白が生まれる。この旅で感じたのは、足りないものを埋めることではなく、足りないままで一緒にいることの心地よさだった。チェックアウトのとき、振り返った部屋に落ちていた小さなプラスチックの玩具を拾い上げたとき、手のひらに残った温もりが、そのまま胸の奥へと溶け込んでいった。それは、この場所でしか得られなかった、家族という名の静かな肯定感だった。

夕暮れのビーチで、子供の小さな手が私の指をぎゅっと握りしめていた。

  • 部屋のキッチンで、地元のスーパーで買った珍しいフルーツを切り分け、家族でゆっくりと味わってほしい。
  • プールサイドで何もしない時間をあえて作り、子供が何を発見し、どんな音に反応するかをただ観察してほしい。