← 戻る 那須いちやホテル

濡れた土と桜の匂いが混ざった風

那須の風に吹かれて見つけた、予想外の5つの断片

「忘れ物王」決定戦という名の惨敗
旅の始まり、誰が一番準備不足かという賭けをしたけれど、結果は全員敗北だった。充電器を忘れたA、洗面用具を忘れたB、そして私まで。那須いちやホテルのアメニティコーナーで、誰がどのアイテムを確保するかという小さな争奪戦が始まり、「これ、私の人生に必要かも」と真剣に吟味する姿に、ロビーに響き渡るほどの爆笑が起きた。キャリーケースを引く乾いた音と、誰かの笑い声が混ざり合い、旅の緊張がふわりと解けていった瞬間だった。

天空の湯で溶け合う、心地よい浮遊感
6階の貸切露天風呂「ICHIBOU」に身を委ねたとき、身体の境界線が曖昧になる感覚に襲われた。ひんやりとした高原の空気と、芯から温める湯の温度差が心地よく、視界いっぱいに広がる関東平野のパノラマに、自分が空へ吸い込まれていくような錯覚を覚える。「私、今、雲になってる気がする」という友人の囁きが、水面に静かな波紋を描いていた。遠くで鳴く鳥の声だけが点描のように配置された静寂の中で、心まで透明に洗われていくようだった。

黄金色の卵がもたらす、至福の目覚め
朝食ビュッフェで出会った那須御用卵。殻を割った瞬間、濃厚な黄金色の流体が、炊きたての白いご飯の上にゆっくりと、高い粘性を持って広がっていく。それをかき混ぜて口に運ぶと、濃厚なコクが舌の上で波のように押し寄せ、眠っていた五感が一気に呼び覚まされた。「この卵、反則的に美味しい」と三杯目のご飯を盛り付ける友人の横顔に、食欲という本能に忠実な時間の贅沢さを感じた。立ち上る湯気と卵の甘い香りが、心地よい朝の活力を与えてくれた。

春風という名の、見えない潮流に身を任せて
藤城清治美術館へ向かう道中、不意に強い春風が吹き抜けた。それは単なる風ではなく、目に見えない巨大な潮流に押し流されているような感覚で、頬を打つ冷たさの中に、どこか遠くで舞う桜の淡い香りが混じっていた。砂利を踏むザクザクというリズムの中、風に煽られて髪がぐちゃぐちゃになった友人の情けない顔を見て、私たちはまた同時に笑い出した。完璧な写真よりも、そんな不恰好な瞬間こそが、旅の記憶に深く、鮮やかに刻まれるのだと思う。

シモンズベッドへ沈み込む、深い夜の没入感
一日の終わりに、和モダンベッドのシモンズに身体を投げ出したとき、そこは深い水底のような安らぎに満ちていた。マットレスが身体の曲線に合わせてゆっくりと沈み込み、重力が心地よく分散されていく快感。隣で誰かが小さく欠伸をし、やがて規則正しい寝息が聞こえ始める。部屋を包む静寂と、心地よい疲労感が澱のように溜まっていく中で、「明日にならなくていい」と心の中で密かに願った。清潔なリネンの香りに包まれ、意識がゆっくりと深い眠りの底へ溶けていった。

散らばった記憶が、ひとつの物語に変わる時

誰かが言い出したくだらない冗談、お湯に溶けていった溜息、そして黄金色の卵の味。バラバラだったはずの瞬間が、那須の穏やかな時間の中でゆっくりと混ざり合い、心地よい層となって積み重なっていく。私たちは互いに完璧ではないけれど、この旅の不完全さが、かえって心地よかった。誰かが失敗し、誰かがそれを笑い、最後にはみんなで同じ景色を眺める。そんな単純なことの繰り返しが、冬の残滓で冷えていた心を、ゆっくりと、けれど確実に温めてくれた。

窓の外では夜の帳が降り、遠くの山々が深い群青色に染まっていく。

  • 朝食の那須御用卵を使った卵かけご飯は、絶対に外せない至福の快楽。
  • 屋上露天風呂NASUYAMAで、夕日が沈む瞬間までお湯に浸かる時間を。