足首をかすめるススキの乾いたざらつきが、心地よい刺激となって肌に伝わる。九月の那須高原は、冷ややかな空気が透明な膜のように身体を包み込み、呼吸を繰り返すたびに肺の奥まで澄み渡っていく感覚がある。隣を歩く君と、わざと歩幅を合わせていたけれど、時々ふっとリズムがズレる。その空白に、遠くで鳴る風の音だけが入り込んでくる。ホテルラフォーレ那須のフォレストコテージに足を踏み入れたとき、まず意識したのは、靴を脱いだ瞬間に伝わってきた床のひんやりとした温度だった。七十五・五平方メートルという広大な空間は、二人で過ごすには十分すぎるほど広く、その分、私たちの間に生まれる沈黙が心地よい残響のように部屋の隅々まで広がっていく。セミダブルのベッドが四台も並んでいるという不思議な光景に、君が小さく笑った。私たちはあえて一番離れたベッドを選んだのかもしれない。その物理的な距離があるからこそ、相手の気配を音として、あるいは空気の揺らぎとして探そうとする。夜、テラスに出ると、空には驚くほど低い位置に、青白い月が浮かんでいた。月見という言葉にすれば簡単だけれど、実際にはただ、深い闇の中で互いの輪郭がぼやけていくのを、静かに眺めていただけだった。もしかすると、私たちはまだ、どうやって隣にいればいいのかを正しく理解していないのかもしれない。けれど、その不確かさが、この深い森の静寂の中では唯一の正解のように感じられた。乳白色の天然温泉に身を沈めたとき、指先の冷たさがゆっくりと溶け出し、肩のあたりに溜まっていた重い澱のようなものが、白い湯気と一緒に空へ消えていくのがわかった。視界が白く霞んで、君の姿がぼんやりとした影になる。そのとき、声だけが鮮明な輪郭を持って届く。水の中で交わした言葉は、外で話すときよりもずっと正直で、少しだけ震えていた気がする。「ここに来てよかったね」という君の囁きが、湯気に溶けて消えていった。夕食に添えられた地元の高原野菜は、噛むたびに濃厚な土の香りが鼻に抜け、驚くほど甘かった。特に、あの不格好な形のニンジンを君が「美味しいね」と呟いたとき、私たちの間にあった見えない壁が、ほんの数ミリだけ薄くなった気がした。実は私、あまり方向感覚がなくて、コテージから温泉へ向かう途中で一度だけ大きな木にぶつかりそうになったけれど、それを君に言うのは恥ずかしくて、わざと「ここの森は密度が高いね」なんて知ったかぶりをした。君はそれを信じて、ふふっと笑っていた。その笑い声が、広いリビングにリバーブのように心地よく残っていた。深夜三時、誰の気配もしない静寂の中で、ただ風が木々を揺らす音だけが聞こえる。その音は、まるで誰かが遠くで低い声を出し続けているみたいだった。私たちは、それぞれ別のベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。手が届く距離にいるのに、あえて触れない。そのもどかしさが、心地よい緊張感となって、心臓の鼓動を少しだけ速くさせる。もしかしたら、孤独というのは、誰かと一緒にいるときにだけ、その形がはっきりと見えるものなのかもしれない。けれど、今の私たちは、その孤独を共有していることで、不思議な連帯感に包まれていた。朝、カーテンの隙間から差し込んだ金色の光が、部屋の中の埃をキラキラと踊らせているのを見たとき、私はふと思った。完璧な調和なんてなくていい。ただ、こうして互いの不器用さを認め合いながら、ゆっくりと周波数を合わせていけばいいのだと。チェックアウトに向かうとき、君が私の指先にそっと触れた。その温度は、ちょうどいい温かさで、昨日の冷たい風をすべて忘れさせてくれるようだった。私たちはまだ、答えを持っていない。けれど、この旅で感じた、あの静かな残響だけは、ずっと心の中に留めておきたいと思う。
- 月が低く浮かぶ夜、テラスで言葉を捨て、ただ高原を吹き抜ける風の旋律に耳を澄ませてみる。
- フォレストコテージの広いリビングで、ボードゲームを囲み、勝ち負けよりも不器用な言い間違いを愛おしむ。