シャトルバスのシートの、少し硬いビニールの感触。誰が一番先に寝落ちするか賭けたけれど、結局は全員が起きたまま、窓の外を流れる深い緑のグラデーションに目を奪われていた。胸のあたりで、小さな泡がパチパチと弾けるような、落ち着かないけれど心地よい高揚感がある。ホテルエピナール那須に降り立った瞬間、肺の奥まで洗われるような、ひんやりとした高原の空気が鼻腔を突き抜けた。
ビュッフェのプレートに盛った、鮮やかなオレンジ色の地元那須のニンジン。かじった瞬間に、湿った土の匂いと濃い甘みが口いっぱいに広がって、なんだか自分まで地面に深く根を張ったような気分になる。誰が一番奇妙な組み合わせの料理を盛り付けるか競い合ったけれど、結局みんな、素材の味が濃い野菜ばかりをリピートしていた。「私たちって、意外と真面目だね」と誰かが笑い、皿の上には彩り豊かな高原の恵みが積み上がっていた。
「ここ、ベビー&キッズルームじゃん」と誰かが呟いた。大人が集まって、子供たちのための低めのベッドや、角の丸い家具に囲まれた空間に身を置く。そのミスマッチさが可笑しくて、私たちはわざと子供みたいに大声を出しながら、誰が一番早くパジャマに着替えられるか競争を始めた。大人の振りをすることに疲れた肺に、高原の澄んだ空気が深く入り込んでいく感覚がした。
深夜2時に、わざわざ自販機まで「遠征」することにした。広い廊下を歩くとき、足裏に伝わる厚手のカーペットの感触が、外の世界との境界線を曖昧にしていく。静まり返った空間で、誰かがわざと変な足音を立てて笑い出した。そんな、どうでもいいことに全力になれる時間が、実は一番贅沢な旅の記憶になるのではないかという気がした。
夜の散歩で見つけた、銀色のススキの群生。風が吹くたびに、サササッという乾いた音が耳の奥を撫で、夜の静寂を際立たせる。見上げた空には、驚くほど大きな月。隣にいる友人の横顔が青白く照らされて、ふと、私たちはこのままどこか遠いところまで歩いていけるかもしれないと思った。胸の中の泡が、ゆっくりと大きなひとつの塊になって、ふわりと浮き上がる感覚。
ハリウッドスタイルのベッドに潜り込んだとき、隣の人との間に絶妙な距離があることに気づく。手が届きそうで届かない、その数センチの空白が、心地よい緊張感を生んでいた。シーツのパリッとした冷たさと、体温で温まった布団のずっしりとした重みのコントラスト。目を閉じると、遠くで誰かの笑い声が聞こえた気がして、深い安らぎに包まれた。
レストランで味わったフレンチの、ソースの濃厚な光沢。窓の外に広がる那須連山のシルエットが、まるで切り絵のように夜空に溶け込んでいた。私はかっこつけてワインを飲もうとしたけれど、不注意に袖をソースにつけてしまい、それに全員で大爆笑した。「最高に不格好!」という罵声さえ心地よい。あの時の、絶望と快楽が混ざったような空気感は、きっとここだけのものだ。
チェックアウトのとき、エレベーターのボタンを押す指先が少しだけ震えていた。何も解決していないし、人生が劇的に変わったわけでもない。けれど、胸の奥に溜まっていた澱のようなものが、高原の風に洗われて軽くなっている。私たちはまた、いつもの不自由な日常に戻るけれど、この解放感だけはポケットに忍ばせておこうと思う。
靴の底に、ほんの少しだけ那須の土がついていた。
- ビュッフェの地元の野菜は、迷わずたくさん盛り付けてみて。土の味がするから。
- 夜、月が出ている時間にススキのあたりを歩いてみて。世界が静かになるよ。