もし、この部屋を予約するかどうか迷っているのなら。それはきっと、場所の問題ではなくて、ふたりの間にある「正解」を探しているからかもしれません。でも、旅における正解なんてものは、もしかすると最初から存在しないのかもしれません。ただ、心地よい静寂があるか、隣にいる人の呼吸が自然に聞こえるか。そんな、名前のない心地よさだけで十分な気がします。
6時の青い光と、甘い砂糖の匂い
指先に触れる水の温度が、驚くほど柔らかかった。相鉄フレッサイン 名古屋駅桜通口の洗面台から流れる水は、都会の硬さを脱ぎ捨てたかのように、肌に吸い付く。SOU美SUIという名前だったか。その水で顔を洗うとき、もしかすると心の中のささくれまで、静かに洗い流されるような感覚があった。
部屋に戻れば、サータ製のベッドがそこにある。体を預けた瞬間、重力がゆっくりと書き換えられる感覚。沈み込むのではなく、優しく受け止められる。クイーンサイズの広い面の中で、君と私の間にちょうど手のひら分くらいの隙間がある。その空白が、今の私たちにはちょうどいい。埋めようとして焦るよりも、その空白があることを認めているときの方が、ずっと近くに感じられるから。
朝、1階のミスタードーナツから漂ってくる、あの独特の甘い香り。まだ半分眠っている意識の中で、コーヒーの苦味と砂糖の甘さが混ざり合う。どのドーナツにするか、数分間だけ真剣に悩み合った。そんな、どうでもいい時間にこそ、旅の本当の価値がある気がする。
ホテルを出て、名古屋駅桜通口まで歩く4分間。3月の空気はまだ鋭く、頬を撫でる風に少しだけ身震いした。歩道に響く、不揃いなふたりの足音。駅へと向かう人々の波の中で、私たちはわざとゆっくり歩いた。街の喧騒が遠くのノイズのように聞こえ、隣を歩く君のコートの擦れる音だけが、鮮明な輪郭を持って耳に届く。そんな、小さな音の集積が、この街での記憶を形作っていく。
伝えられなかった言葉と、開花までの空白
桜の開花予想が、ニュースで何度も繰り返されていた。けれど、実際の花が開くまでは、まだ時間がある。その「予報」と「現実」の間にある、もどかしい空白の時間。私たちの関係も、もしかするとそんな状態なのかもしれない。
「もう、いいのかな」
そんな言葉を口にする代わりに、私たちはただ、ホテルの白いシーツに包まって、天井の模様を眺めていた。何かを解決しようとするのではなく、ただそこに在ること。寂しさは消し去るものではなく、ふたりで共有する一つの臓器のようなもの。それを抱えたまま、隣で眠る君の温度を感じている。
近いうちに、ラスール オーバカナルまで歩いてみようか。あるいは、コンパルのサンドイッチを頬張りながら、街の呼吸を聞いてみようか。計画を立てることは、未来を予約することではなく、今の不確かさを楽しむこと。
私たちは、完璧な答えを出したいわけではない。ただ、この3月の、少しだけ冷たくて、けれどどこか温かい空気の中で、お互いのリズムが少しずつ同期していくのを待っていただけなのだと思う。答えが出ないまま、ただ一緒にいることの心地よさ。それを教えてくれたのは、この部屋の静けさと、窓の外に広がる名古屋の、淡い春の気配だった。
カーテンの隙間から、白っぽい光が差し込んでいた、ある午後のこと。
- コンパルのサンドイッチを片手に、桜通口からゆっくりと街を彷徨ってみて。
- 開花予想をチェックして、あえて「まだ咲いていない桜」を一緒に探しに行くのがいい。