← 戻る ダイワロイネットホテル 名古屋新幹線口

濡れた靴底が、ホテルのタイルに吸い付く音

濡れた靴底が、ホテルのタイルに吸い付く音

降りしきる雨、二つの温度感

(Aの視点)
指先にまとわりつくような重い湿気。名古屋駅太閤通口を出た瞬間、鉛色の空から降りてきた雨が、緻密に計画していたルートをすべて塗りつぶした気がした。けれど、ダイワロイネットホテル 名古屋新幹線口まで歩くのにかかったのは、わずか3分。アスファルトを叩く激しい雨音と、新幹線の高架下を抜ける際に響く独特の低周波が、都市のノイズを増幅させていた。ロビーに足を踏み入れた瞬間、凛としたエアコンの冷気が濡れた肌にピタッと張り付き、ようやく肺の奥まで澄んだ空気が届いた。外の喧騒が真空のようにシャットアウトされるこの感覚は、激しい交響曲のあとに訪れる、完璧な静寂の瞬間のようだった。

(Bの視点)
もう、最悪。お気に入りのスニーカーが完全に水を吸って、歩くたびに「ギュッ、ギュッ」と情けない音が鳴っている。隣でAが時計を気にしながら「あと3分で着くから」なんて淡々と言っているけれど、正直どっちでもよかった。それより、駅からの短い道のりで、誰が一番先に水たまりに足を取られるか密かに賭けをしていたことの方が重要。結果的に私が負けて、右足の靴下がじっとり濡れたところでホテルに滑り込んだ。ロビーのタイルの白さが眩しくて、自分の靴についた泥跳ねがなんだか前衛的な芸術に見えてきた。スタッフさんの丁寧な挨拶を聞きながら、濡れた靴でタイルを歩くときの吸い付くような感触が可笑しくて、私たちは顔を見合わせて吹き出した。

黄金色の記憶、二つの味わい

(Aの視点)
炭火でじっくりと焼かれたひつまぶしの香ばしい匂いが、鼻腔を心地よくくすぐる。まずはそのまま、次に薬味を添えて、最後はお出汁を注いで。温度と構成が変わるたびに、口の中で広がる味の解像度が鮮やかに変化していくのがわかった。お出汁の柔らかな温かさが、雨で冷え切っていた指先にまで伝わってくる。名古屋の街が持つ、実直でありながらどこか華やかなリズムが、この一杯の丼に凝縮されている気がした。味覚という情報は、記憶に最も深く刻まれる。この香ばしさと出汁の余韻は、きっと数年後の6月になっても、ふとした瞬間に鮮明に思い出されるはずだ。

(Bの視点)
正直、ひつまぶしの「正しい食べ方」について、テーブルで30分くらい熱い議論を戦わせていた。Aは教科書通りに段階を踏みたい派で、私は直感に従って全部混ぜたい派。店内に満ちるガヤガヤとした喧騒の中で、私たちは小さな声で言い合いをしながら、結局どっちのやり方が正解かなんてどうでもよくなった。ただ、目の前にある黄金色のうなぎが、猛烈に美味しそうだったことだけは確か。隣の席のグループが上げる笑い声、立ち上る湯気。外はまだ雨が降っているけれど、この店の中だけは熱気と笑い声で満たされていた。味よりも、あの時の「くだらない言い争い」の温度感の方が、ずっと鮮明に記憶に残っている。

唯一、心が重なった場所

結局、この旅で一番の贅沢だったのは、ダイワロイネットホテル 名古屋新幹線口のベッドに深くダイブした瞬間だった。シンプルモダンな空間に調和した、真っ白で糊が効いたパリッとしたリネンの感触。それが肌に触れたとき、一日中まとっていた「外の世界の重み」が、ふっと消えていくのがわかった。清潔な部屋に漂うかすかな洗剤の香りと、心地よい静寂は、街の喧騒という激しい音が消えたあとの、心地よい残響のようだった。誰が荷物を整理するかでまた言い合いになったけれど、そんなことはもうどうでもいい。この心地よい温度に包まれて、明日もまた適当に歩こうと思えた。それだけで、この旅は正解だったと言える。

濡れたままの傘を入り口に置いて、私たちは深い眠りに落ちた。

  • 名古屋駅から徒歩3分の距離を、あえてゆっくり歩いて街の呼吸を聴いてみて。
  • ひつまぶしの食べ方に正解を求めず、二人だけの「美味しいルール」を議論してほしい。