← 戻る 稲佐山観光ホテル

指先が触れるか触れないか、その距離にいた

18:42、冷たい手すりと、胸の奥で鳴る振動

屋上テラスに足を踏み出した瞬間、10月の長崎の風が、冷たい絹の布のようにうなじをひやりと撫でた。指先がわずかに震える。隣に立つあなたのコートの生地が擦れる、かすかな衣擦れの音が、静寂の中でやけに鮮明に聞こえた。私たちはどちらからともなく、冷え切った金属の手すりに手をかけた。手のひらに突き刺さる鋭い冷たさが、かえって「いま、ここにあなたと一緒に立っている」という実感を、深く、鋭く刻み込んでいく。

目の前に広がるのは、街の灯りが一斉に呼吸を始めたかのような、光の海だった。世界新三大夜景という言葉で片付けるには、あまりに密度が高すぎる光の粒。それは単なる視覚的な情報というよりも、胸の奥の方で低く鳴り響くハミングのような振動となって伝わってきた。あえて「綺麗だね」という言葉は口にしなかった。そんなありふれた言葉を口にした瞬間、この張り詰めた、けれど心地よい静寂が、夜風にさらわれてどこかへ逃げていってしまう気がしたから。

ふたりで一緒にいるけれど、同時に、それぞれがひとりの人間としてこの光の奔流に圧倒されている。その孤独が隣り合っている状態が、たまらなく贅沢に感じられた。あなたの肩と私の肩の間にある数センチの空白。その空隙に、夜の冷気と、名付けようのない緊張感が溜まっている。もしかしたら、私たちはまだ、お互いの正しいリズムを完全に把握できていないのかもしれない。けれど、それでいいと思った。正解を急がず、ただこの光の振動に身を任せていればいい。稲佐山観光ホテルの屋上から見下ろす巨大な夜景という背景があるからこそ、私たちの間の小さな空白が、とても大切に、丁寧に扱われているように感じられた。

23:15、湯上がりの静寂と、少し大きすぎるスリッパ

大浴場から上がった後の肌は、芯まで温まり、心地よく火照っていた。お湯の温度がちょうどよかったせいか、日中の強張りが消え、心まで少しだけ緩んでいる。浴室のタイルを裸足で歩いたときのひんやりとした感触から、脱衣所の柔らかなマットへ足を踏み入れた瞬間の温度差に、ふっと意識が戻る。石鹸の、どこか懐かしく清潔な香りが、湿った空気と一緒に肺の奥まで満たしていく。

ハーバービューツインの客室に戻ると、夕食にいただいた出島会席の余韻が、かすかに口の中に残っていた。特に、ゆっくりと時間をかけて煮込まれた根菜の、控えめな甘みが心地よかった。派手さはないけれど、素材の輪郭がはっきりとした味。そういう飾らないものが、今の私たちにはちょうどいい。

ここで、ふとした瞬間があった。用意されていたホテルスリッパに足を入れたとき、それが私には少しだけ大きすぎたのだ。歩くたびに「パタパタ」と、少し間抜けな音が静かな廊下に響く。それに気づいたあなたが、ふっと小さく吹き出した。その笑い声を聞いた瞬間、それまで意識していた「ロマンチックな旅のパートナーでいなければならない」という、目に見えない緊張の糸が、ぷつりと切れた気がした。完璧に振る舞おうとするよりも、こういう不格好な瞬間を共有し、笑い合えることの方が、ずっと深い信頼に近いのかもしれない。

ベッドに横たわると、リニューアルされたばかりのシーツが、冷たく、けれどぴたりと肌に吸い付く。その張り詰めた冷たさと、その後にやってくる体温による温もりの移ろい。隣にいるあなたの呼吸の音が、一定のリズムで聞こえてくる。私たちは、もう何も話さなかった。ただ、暗闇の中で、お互いの存在という重みを、心地よい温度として感じていた。この部屋にある静寂は、決して空っぽなのではない。ふたりで分かち合った時間という、目に見えない何かで満たされている。明日になれば、またそれぞれの日常という周波数に戻るのだろう。けれど、稲佐山観光ホテルで過ごしたこの夜の、あのパタパタという音と、胸に響いた光の振動だけは、きっと消えない。

窓の外では、宝石を散りばめたような街の灯りが、静かに瞬いていた。