「誰が一番先に浴衣の帯を緩めるか」で賭けをしようなんて、誰が言い出したっけ。7月の長崎は、空気が肌にまとわりつくほど濃密で、アスファルトからは陽炎がゆらゆらと立ち上っていた。駅を出てすぐに辿り着いたヒルトン長崎のロビーに足を踏み入れた瞬間、肺の奥まで冷やされるような静寂が降りてくる。外の喧騒が、まるで古い映画のフィルムのように遠のき、エアコンの冷気が火照った頬を優しく撫でていった。
朝食ビュッフェで出会った米粉パンの、もっちりとした不思議な弾力。口の中でゆっくりとほどける優しい甘さに、まだ半分眠っている意識が心地よく覚醒していく。窓の外に広がる港の景色は、朝の強い光で白く飛び、視界の端ではプリズムのような光の粒が踊っていた。深く焙煎されたコーヒーの苦味が、昨夜の飲みすぎで重くなった頭を、静かに、けれど確実に整えてくれる。
「ねえ、その歩き方、完全に迷子の子ペンギンなんだけど」と誰かが吹き出した。慣れない下駄で石畳をカチカチと鳴らしながら歩く私たちの足取りは、お世辞にもエレガントとは言えなかった。帯が少しずれていることに気づかず、自信満々に闊歩する友人の後ろ姿に、私たちは口々にツッコミを入れ合う。その笑い声が、夏の夜の湿った空気に溶け込み、心地よいリズムを刻んでいた。
キングエグゼクティブ・デラックスルームの特権であるエグゼクティブラウンジで、私たちは急に「大人」のふりをすることにした。シャンパングラスを指先で軽く持ち、それっぽい顔をして、けれど話題は結局、誰が一番ひどい寝相だったかという低レベルな話に終始する。豪華な空間に、私たちの場違いな笑い声が響き渡る。そのギャップがたまらなく愉快で、ここでは何をしても許されるような、不思議な万能感に包まれていた。
部屋のカーテンを開けると、長崎港の夜景が、まるで巨大な水槽の中を覗いているように広がっていた。遠くで点滅する灯台の光が、ゆっくりと視界に焼き付き、まぶたを閉じてもその残像が心地よく揺れている。静寂には心地よい重さがあった。けれどそれは、孤独な重さではなく、隣に誰かがいるという絶対的な安心感を含んだ、温かい重さだった。
スパのサウナで熱気に身を任せ、じわりと汗が流れる感覚に浸る。その後、冷たい水風呂に飛び込んだ瞬間に、思考が真っ白に塗りつぶされる快感。裸足で踏みしめるタイルのひんやりとした温度が、疲れた足裏から心地よく伝わってくる。心拍数がゆっくりと降りていく過程で、自分の中のノイズが一つずつ消え、心が凪の状態になっていくのがわかった。
夜空に大きな花火が上がった瞬間、窓ガラスを通して光が屈折し、部屋の中が鮮やかな色彩で満たされた。ドーンという低い振動が、胃のあたりまで心地よく響く。私たちは言葉を失い、ただ、光が消えた後の深い暗闇に、しばらくの間、静かに身を委ねていた。完璧な計画なんて、最初から必要なかったのかもしれない。この偶然の光こそが、旅の正解だった。
チェックアウトの時、エレベーターのボタンを押す指先が、少しだけ寂しそうに震えていた気がする。けれど、バッグの中には、誰が撮ったかもわからない、ブレブレの集合写真がたくさん詰まっている。私たちはまた、日常という名のノイズの中に戻るけれど、この光の記憶だけは、きっと消えない。心の中に、小さな灯台を一つ建てたような気分だった。
最後に見た港の深い青色が、ずっと心に残っている。
- エグゼクティブラウンジで、大人のふりをしてお菓子をたくさん頬張ってみて。
- サウナ後の水風呂から、そのままふかふかのベッドにダイブするのが最高だよ。