← 戻る スタジアムシティホテル長崎

浴衣の裾を何度も踏んでいたこと

浴衣の裾を何度も踏んでいたこと

足の裏に伝わる、贅沢なほど厚みのあるカーペットの感触。下の子が、廊下を滑走路に見立てて全力で駆け抜けていく。小さな足が生地に深く沈み込むたびに、シュッ、シュッと微かな摩擦音が心地よく響いた。上の子が「危ないよ!」と注意しながらも、自分もこっそり速度を上げている。スタジアムシティホテル長崎 / STADIUM CITY NAGASAKI の廊下は、家族の賑やかさを静かに飲み込んでくれる、深い海のような包容力を持っているのかもしれない。


湯気が白く舞う中、お湯の温度が心地よく肌に馴染む。地下千五百メートルから湧き出たという天然温泉に身を沈めると、肩に溜まっていた日常の重みが、ゆっくりと溶け出していく。肌にまとわりつくぬるま湯の感触が、まるで誰かに優しく抱きしめられているかのようだった。「やっと一人になれた」と心の中で呟き、子供たちがプールで騒いでいた喧騒を遠くに聞きながら、自分の呼吸の音だけを数える。皮膚の表面が柔らかくなり、自分という輪郭が曖昧になる心地よさに、ただ身を任せていた。
窓ガラスに耳を当てると、遠くのスタジアムから地響きのような歓声が微かに震えて届いた。それは音というよりは、心臓に直接響く低い振動に近い。外の世界はあんなに激しく、誰かが叫び、誰かが興奮に身を任せているのに、部屋の中は驚くほど静まり返っている。この気圧の差が、たまらなく心地いい。冷たいグラスに結露した水滴を指先でなぞりながら、静寂にも色があることを知る。ここは、安心という名前の静寂が充満している場所なのだろう。
朝食のテーブルに並んだ、長崎ならではの甘い菓子。口に入れた瞬間、しっとりとした砂糖の粒子が舌の上でゆっくりとほどけていく。濃厚な甘さが、喉の奥までじんわりと広がった。下の子が「これ、お菓子のお家みたい!」とはしゃいで、口の周りを白く汚している。それを拭う手間さえも、今は愛おしい。挽きたてのコーヒーの深い苦味と、長崎の甘い記憶が混ざり合う。味覚というのは、その時の空気感や温度と一緒に保存されるものなのだと思う。
夜、部屋の明かりを消すと、シティビューの窓の外に広がる景色が深い群青色に染まった。街の灯りが、点在する小さな宝石のように瞬いている。スタジアムの鮮やかなライトアップが、部屋の壁に淡い影を落とし、幻想的な空間を作り出していた。上の子が「あそこまで歩いて行けるかな」と小さく呟いた。答えは出さないまま、ただ一緒に青い光を眺めていた。光と影の境界線がゆっくりと溶け合っていく。そんな何もしない時間が、一番の贅沢なのかもしれない。
子供に貸したホテルの浴衣が、あまりにも大きすぎた。袖から手が完全に見えず、裾を何度も踏んづけては「あ!」と声を上げている。その不格好な姿がなんだかおかしくて、ふふっと笑いが漏れた。完璧な家族旅行なんて、どこにもない。予定は狂うし、子供は泣くし、荷物は増える。けれど、大きすぎる布に包まれて、不器用に一歩ずつ歩こうとする小さな背中を見ていると、それでいいのだと、心がふわりと軽くなった。
最後はみんなで、心地よい疲れに身を任せてベッドに倒れ込んだ。シーツのパリッとした冷たさと、家族の温もりが心地よく混ざり合う。誰からともなく、小さく深い溜息が漏れた。激しい興奮のあとに訪れる、深い脱力感。明日にはまた、賑やかな日常に戻るけれど、この静かな重なりだけは、しばらくの間、心の中に温かく残るはずだ。私たちはただ、ここに在ることを許されていた。

深い眠りに落ちる直前、窓の外で夜風が小さく鳴っていた。

  • スタジアムビューの部屋で、きらめく夜景を眺めながら、明日行く場所を家族で相談してみてください。
  • 天然温泉で心身を解きほぐした後、家族で足湯に浸かりながら旅の失敗談を笑い合うのがおすすめです。