← 戻る アパホテル〈京都駅東〉

コンビニ袋のガサガサ音と、雨の京都

真夜中の空腹は、誰のせいだったか

6月の京都は、街全体が巨大なスポンジになったかのように水分をたっぷりと含んでいた。指先にまとわりつく湿った空気と、雨に濡れたアスファルトから立ち上る、あの少しだけ鉄っぽい匂い。京都駅からアパホテル〈京都駅東〉まで歩くわずか数分の間にも、傘を叩く雨粒のリズムが、まるで私たちを急かしているかのように激しく響いていた。けれど、私たちの手には、駅前のコンビニで買い込んだ、重すぎるほどのビニール袋がいくつもぶら下がっていた。誰が言い出したのかはもう覚えていない。ただ、雨に濡れて少しだけ冷えた体で、温かいお惣菜や、見たこともない色の限定スイーツを詰め込む作業に、私たちは妙に集中していた。ホテルの自動ドアが開いた瞬間、外の湿気が切り離され、静かで乾いた空気が肌をなでる。カードキーを差し込んでドアを開けると、そこには機能的に配置されたツインルームが待っていた。ベッドのシーツのパリッとした冷たい感触が指先に伝わり、ようやく「ここが私たちの拠点だ」と実感する。荷物を放り出し、戦利品をデスクの上に並べたとき、部屋の中にコンビニ袋のガサガサという、どこか滑稽で安心する音が響き渡った。

揚げ物と笑い声、正解のない旅の答え

「信じられないと思うけど、私たち、今日見た紫陽花よりも、コンビニの棚の品揃えに時間をかけた時間の方が長い気がする」

誰かがそう言って、油の乗った唐揚げを口に放り込んだ。私たちはベッドの上に腰掛け、足先をぶつけ合いながら、今日一日の「大失敗」について語り合い始めた。

「だって、あのガイドブックに書いてあった路地裏の店、閉まってたじゃん。あれ、誰の責任? 計画立てた〇〇でしょ」

「ちょっと待ってよ、あれは不可抗力。というか、あの迷路みたいな道を30分も彷徨ったこと自体が、ある意味で最高の体験だったと思わない?」

「最高の迷子だっただけだよね。誇張抜きで、もう足が棒だよ」

笑いながら、誰かが買ってきた見たこともない味のポテトチップスをシェアする。口の中に広がる奇妙な化学調味料の味に、みんなで同時に顔をしかめた瞬間、狭い部屋の中に爆笑が起きた。ビジネスホテルという、本来なら効率的に睡眠を取るための無機質な空間が、今は世界で一番贅沢な、不効率な作戦会議室に変わっている。

「ねえ、明日の朝、早起きしてあそこに行くっていうプラン、今この瞬間に捨てない?」

「大賛成。賭けてもいいけど、明日も絶対に誰かが寝坊するし」

「あはは、それな。もういいよ、全部適当にしよう」

計画通りにいかないことを、あえて正解にする。そんなとりとめない会話が、深夜の部屋に心地よく溶けていった。エアコンの低いハムのような音が、私たちの心の弛緩を優しく包み込んでいた。

湯気に溶けていく、心地よい空白

食べ終えた空き袋をまとめ、私たちは大浴場へと向かった。アパホテル〈京都駅東〉の大浴殿に足を踏み入れたとき、立ち上る白い湯気が視界をぼかし、外の世界の境界線を静かに消し去ってくれる。つぼ湯の凝縮された熱さに身を委ね、さらに露天風呂で夜風に吹かれると、雨の中を歩き回った足の疲れが、ゆっくりと、でも確実にほどけていくのがわかった。タイルの冷たい感触から、お湯の熱さへ。その激しい温度の差が、今の自分たちが「安全な場所にいる」ことを、皮膚感覚として教えてくれる。

湯上がり、部屋に戻ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。冷たい水で顔を洗い、パジャマに着替えてベッドに潜り込む。隣のベッドからは、すでに規則正しい寝息が聞こえてくる。

ふと天井を見上げると、カーテンの隙間から京都の街の青い光が、細い線となって差し込んでいた。この部屋は、もしかすると誰にとってもただの通過点に過ぎないのかもしれない。けれど、今この瞬間、私たちの笑い声や、くだらない言い争いや、共有したポテトチップスの味だけは、この四方の壁に静かに染み込んでいるような気がした。完璧な旅なんて、きっと退屈だ。濡れた靴下で文句を言い合い、深夜にコンビニ飯を囲んで笑い転げる。そんな不器用な時間の積み重ねこそが、後で思い出したときに、一番鮮やかな色をしているはずだ。意識が遠のく直前、隣で寝返りを打った友人が、「明日、美味しいパン屋に行こう」と小さく呟いた。その声は、雨上がりの夜空に消えていく蛍の光のように、静かで、けれど確かな温度を持っていた。

窓の外では、まだ静かに雨が降り続いていた。

  • 京都のコンビニでだけ売っている、地元の和菓子風スイーツをぜひ。
  • 深夜のコンビニで買う、少し贅沢なカップスープと地元の地酒の組み合わせを。