← 戻る 神戸三宮東急REIホテル

午前2時のプラスチックカップ、氷の音

午前2時のプラスチックカップ、氷の音

「誰が地図持ってるの?」から始まる迷宮

「ねえ、誰が地図持ってるの?っていうか、そもそも誰がリーダーやってたっけ」
「いや、お前が『任せろ』って言ったじゃん!結果的に全員迷子とか、控えめに言って最高に笑えるんだけど」
「ちょっと待って、今の言い方、完全に僕を犯人に仕立て上げようとしてない?」
「だって見てよ、この湿度。もう全員、歩くサウナ状態だよ。誰か冷たい飲み物買ってきて」
「僕が買うよ。その代わり、次の角を右に曲がって正解だったら、今日の夜のおやつは全部僕のものね」
「いいよ、賭けよう。どうせまた違う方向に歩き出すんだろうし」

濡れたアスファルトから立ち上るむせ返るような熱気と、互いの意地悪な笑い声が混ざり合い、街の喧騒に溶けていく。誰かが転びそうになれば、助ける前にまず写真に撮る。そんな、少しだけ不器用で、けれど絶対的な信頼に基づいたリズム。JR三ノ宮駅からわずか2分という距離にある神戸三宮東急REIホテルに辿り着いたとき、私たちは心地よい疲労感で、ちょうどいい具合に疲れ切っていた。

喧騒を脱ぎ捨て、木の温もりに抱かれる場所

ホテルの自動ドアが開いた瞬間、外の重たい湿気が切り離され、清潔で乾いた冷気が肌を撫でた。その鮮やかな温度差に、ふっと肩の力が抜ける。ロビーに漂うのは、現代的な直線美の中に溶け込む、どこか懐かしい木の香りと、洗い立てのリネンの清潔な匂い。空間に配置された木の温もりが、外の世界で尖っていた私たちの気分を、ゆっくりと丸くしていくという気がした。

私たちは、まるで激しく振られたエマルションのようだった。水と油のように、本来は混ざり合わない個性が、旅という振動によって無理やり乳化し、白い濁りとなって混ざり合っている状態。外を歩いている間は、その濁りこそがエネルギーだった。けれど、部屋のドアを閉め、エアコンの低い唸り声だけが響く空間に身を置くと、その混濁がゆっくりと分離し始める。

スタンダードダブルの部屋に、三つの大きなスーツケースが乱雑に転がっている。誰のものか分からない充電ケーブルが床を這い、ベッドの上に脱ぎ捨てられた靴下が、ここが一時的な「基地」になったことを告げていた。裸足で踏んだタイルのひんやりとした感触が、足の裏から脳までを冷やしていく。バスルームまで歩く数歩の距離で、自分の足音が小さく反響するのが聞こえた。広いとは言えないけれど、ちょうどいい。互いの呼吸が届く距離でありながら、視線を外せば自分だけの空白が確保されている。そんな絶妙な距離感が、この部屋にはあった。

ふと、誰かがスーツケースを無理に閉じようとして、中に入っていたTシャツが「ぽこっ」と飛び出した。その拍子に全員が同時に吹き出し、またしばらくの間、部屋の中は笑い声で満たされた。そういう、なんてことない瞬間が、旅の本当の輪郭を形作るのかもしれない。完璧なプランよりも、予定外の失敗と、それを笑い合える静かな部屋。私たちは、この場所でようやく、自分という個別の層に戻ることができた。

午前二時の、静かな告白

「……あのさ、さっき見たススキ、なんか切なかったよね」
「え、急にどうしたの。さっきまでおやつの話してたじゃん」
「いや、ただそう思っただけ。風に揺れてる感じが、なんだか今の私たちみたいだなって」
「比喩が重いって。まあ、でも確かに、あの月の色だけは綺麗だったな。神戸の夜景に混ざって、ぼんやり光ってた感じ」
「ね。明日もあんな風に、適当に歩こうよ。目的地なんてなくていいし」
「賛成。どうせまた迷子になるんだろうけど、それもいいよね」

深夜二時。部屋の照明を落とし、間接照明の淡い琥珀色の光だけが壁を照らしている。冷えたプラスチックカップの中で、氷がカランと孤独な音を立てた。昼間の騒がしさが嘘のように、声のトーンが一段階下がる。ここでは、誰かが誰かをいじる必要はない。ただ、同じ空間で同じ空気を吸っていることが、十分な会話になっていた。言葉にできない感情に名前をつけるのではなく、ただその形を眺めておくこと。それが、大人の旅の贅沢な空白なのだ。明日の朝、また私たちは「誰が地図を持つか」で言い合いを始めるはずだ。けれど、今はただ、この静寂と、かすかに聞こえるエアコンの風の音に身を任せていたい。

窓の外、遠くで車の走行音がかすかに聞こえ、夜がゆっくりと深まっていく。

  • JR三ノ宮駅からホテルまで歩く2分間、あえて路地裏の小さな看板を眺めてみて。
  • 朝食後、近くのベーカリーで焼きたてのクロワッサンを買い、海風に当たりながら食べる時間がおすすめ。