「絶対、あいつが真っ先に凍える」という賭け
「ねえ、今の風、完全に殺しに来てるよね?」「大丈夫だって、俺はヒートテック3枚重ね。完全武装だし」「口ではそう言ってるけど、見てよ、肩ガクガクじゃん。はい、賭け成立。あいつが真っ先に凍える方に1000円」
「ちょっと待てよ!これは寒さで震えてるんじゃなくて、期待で震えてるだけだから!」「期待って何。豆乳鍋のこと?」「そうだよ!あの濃厚なやつ!あー、もう無理、誰か温かいもの頂戴!」
笑い声が重なり、誰の言葉が先だったのかも分からないまま、私たちは駅からの道を急いでいた。足元のコンクリートの冷たさが、靴底を通してじわじわと伝わってくる。そんなくだらないやり取りが、凍りついた空気を少しだけ緩めていたのかもしれない。
喧騒が静止した水面へと変わる場所
東武ワールドスクウェア駅からホテルまで歩く6分間。街灯の光が冬の夜気に滲み、吐き出す息が白く、短く、断続的に空に消えていく。鬼怒川温泉 ホテル万葉亭の門をくぐった瞬間、外の鋭い冷気が遮断され、代わりに古い木材と畳が混ざり合った、落ち着いた匂いが鼻腔をくすぐった。それは、どこか懐かしく、同時に心地よい拒絶感のような、不思議な温度を持った香りだったという気がする。
案内された12畳の和室に足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、均整の取れた畳の目だ。裸足で踏みしめると、イグサのわずかな弾力と、冬特有のひんやりとした感触が足裏に張り付く。私たちのグループが持ち込んだ騒がしさは、まるで静かな池に投げ込まれた大石のように、激しい波紋となって部屋の隅々まで広がった。誰がどこに座るか、誰が先に風呂に入るか。そんな些細なことで言い争う声が、壁に反射して跳ね返る。そのエネルギーは、制御不能な激流のように部屋の中を渦巻いていた。
けれど、その流れが緩やかに落ち着きを取り戻したのは、夕食の那須三元豚の豆乳鍋を囲んだときだった。鍋から立ち上がる白く濃密な湯気が、私たちの視界を曖昧にする。スプーンですくい上げた豆乳のスープは、表面張力で丸く盛り上がり、ゆっくりとその形を崩して口の中に滑り込んだ。コクのある温かさが、喉を通って胃の奥まで浸透していく。その瞬間、張り詰めていた緊張が、水に溶ける絵具のようにゆっくりと拡散していくのが分かった。誰かが「あー、生き返る」と小さく呟き、それが合図になったように、会話の間隔が少しずつ広がり始めた。
ふと気づくと、一人が浴衣の帯をうまく結べず、不格好なリボンみたいな形にして格闘していた。それを見た誰かが吹き出し、また誰かがそれを真似して結び直そうとする。そんな、何の意味もないけれど、その場にいる全員が共有できる小さな喜びに、私たちは心地よさを感じていた。それは、計算された贅沢ではなく、ただそこに一緒にいるという事実がもたらす、贅沢な時間だったのかもしれない。
その後、露天風呂に浸かったとき、肌に触れたお湯の温度が、ちょうどいい心地よさだった。冷え切った指先から、熱がじわりと中心に向かって戻ってくる感覚。頭上では冬の星が鋭く光り、耳元では鬼怒川のせせらぎが、一定のリズムで静寂を刻んでいた。水面に浮かぶ小さな気泡が、パチンと弾ける音。その小さな音さえも、今の私たちには十分な情報量を持って届いていた。もしかすると、私たちは何かを埋め合わせるために旅に出たのではなく、ただこの空虚な静けさを一緒に味わいたかっただけなのかもしれない。
23時の減灯と、剥き出しの言葉
「……なあ、本当は今回、来るの迷ったんだよね」「え、マジで?あんなに乗り気だったじゃん」「いや、仕事が山積みだったし、正直、一人で寝てたいなって思ってた。でも、来てよかったなって、今思う」
「わかる。なんか、ここに来ると、無理に喋らなくていい気がするし」「……うん。あー、静かだな。この暗さ、ちょうどいいよね」
23時を過ぎ、館内の照明が最小限に落とされる。部屋の隅に濃い影が落ち、昼間の騒がしさが嘘のように、空間の密度が変わった。私たちは畳の上に身を投げ出し、天井を見つめていた。もう、誰を roast する必要もない。ただ、隣に誰かがいるという体温だけが、暗闇の中で輪郭を持って存在していた。昼間の激流のような会話は消え、今はただ、静止した水面のように穏やかな沈黙が私たちを包んでいた。言葉にする必要のない感情が、ゆっくりと、けれど確実に、私たちの間に積み重なっていく。それは、寂しさとは違う、心地よい孤独の共有だったという気がする。
朝の冷たい空気の中で、白い湯気がゆっくりと空に溶けていった。
- 那須三元豚の豆乳鍋は、ぜひ野菜をたっぷり入れて、最後の一滴まで味わい尽くしてほしい
- 東武ワールドスクウェア駅からの徒歩6分間、冬の澄んだ空気の中での散歩をぜひ楽しんで