← 戻る 鬼怒川プラザホテル

汽笛の音と、濡れたウールの匂い

5年後の私たちへ。

今頃、どこで何をしていたかな。たぶん、あの時みたいにくだらないことで言い合って、結局は一緒に笑っていると思う。11月の日光の、肌を刺す冷たさと、鼻腔をくすぐる湯気の匂いを、まだ覚えているだろうか。

5年後も色褪せない、記憶の断片

SL大樹の、肺まで震わせる咆哮
駅に降り立った瞬間、重厚な石炭の香りと古い鉄の匂いが肺を満たした。真っ白な煙が視界を塗りつぶしたとき、「何も見えない!」という誰かの叫びが弾け、私たちは子供のように笑い転げた。鼓膜を突き抜け、肋骨まで共鳴させるあの猛々しい汽笛の振動は、きっと今も身体のどこかに深く刻まれているはずだ。

鬼怒川プラザホテルの、温かな喧騒に満ちたバイキング
会場に足を踏み入れた瞬間、しっとりとした湿度と、焼きたての魚が放つ香ばしい匂いが全身を包み込んだ。食器が触れ合う軽やかな音と大勢の話し声が心地よいBGMとなり、私たちは「誰が一番デザートを攻略できるか」という、大人のすることとは思えない賭けに興じた。満腹のままベッドに大の字になり、ぼんやりと天井を眺めたあの時間は、胃袋の重さと心の軽さが同居する、至福の空白だった。

貸切露天風呂で触れた、氷と炎の境界線
熱い湯に身を沈めると、肌がじりじりと焼けるような快感に襲われ、同時に頬を打つ夜風は氷のように鋭かった。岩肌を伝う水のせせらぎが耳を撫で、その極端な温度差に、「ああ、今、生きている」と誰かが小さく呟いた。硫黄の香りが混じり合う白い湯気のヴェールに守られ、普段は飲み込んでしまうような、不器用で恥ずかしい本音をぽつりぽつりと零し合った。お湯の温度が心地よかったからこそ、心の中の鍵も自然と外れたのかもしれない。

夜の紅葉、闇に滲む濃密な赤
ライトアップされた紅葉は、まるで誰かが夜空に真っ赤なインクをぶちまけたかのように、濃密に、そして妖艶に闇に溶け込んでいた。白い息を吐きながら、映画のような完璧な一枚を撮ろうと意気込んだけれど、シャッターを切った瞬間に誰かが盛大にクシャミをし、写真は無残にブレていた。けれど、その不格好な一枚こそが、私たちの旅の真実を写し出しているようで、何よりも愛おしく感じられた。

5年後にこの記憶の封印を解いたとき

旅の記憶とは、切り取られた写真ではなく、白い紙にゆっくりと滲んでいく水彩絵の具のようなものだと思う。最初は鮮やかだった感情も、月日が流れるにつれて輪郭はぼやけ、淡い色へと変わっていく。けれど、滲んだ分だけその色は深く、私たちの関係という織物に深く染み込んでいるはずだ。SLの正確な時刻や、部屋の壁紙の色は忘れても、隣にいた君の笑い声のトーンや、あの場所で感じた絶対的な安心感だけは、指先に熱を持って残り続けているだろう。

湯上がりに飲んだ冷たい牛乳が、喉をすっと通り抜けたあの感覚だけが、今も鮮明に焼き付いている。

  • 鬼怒川プラザホテルの貸切露天風呂は人気のため、早めの予約で静寂を確保してほしい。
  • SL大樹の汽笛を聴くときは、耳ではなく、全身の細胞でその振動を味わってみて。