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午前三時の菓子袋と、青い静寂

午前三時の菓子袋と、青い静寂

誰が、深夜の空腹を呼び覚ましたのか

指先がかすかに痺れるような、十月の冷たい空気が肺の奥まで深く入り込んでくる。湖楽おんやど 富士吟景の重厚な扉を押し開けて外へ出ると、夜の河口湖は底の見えない深い藍色に沈んでいた。街灯の淡い光が、雨上がりの濡れたアスファルトに反射し、どこか現実味のない光の帯を路面に描いている。私たちは、誰が言い出したのかも分からないまま、吸い寄せられるように徒歩圏内のコンビニへと向かった。足元の砂利が擦れる乾いた音だけが、不自然なほど大きく夜の静寂に響き渡る。立派な会席料理でお腹は十分に満たされていたはずだ。けれど、深夜の静寂に包まれると、胃袋の空き具合よりも、何かを「口に運んでいる」という行為そのものが、心を満たす儀式のように欲しくなる。それが旅という非日常における、ある種の不可欠な作法なのだと感じた。ビニール袋の中で、買ったばかりのポテトチップスとプリンがぶつかり合い、カサカサと乾いた音を立てている。その小さな音が、心地よいリズムとなって耳に残っていた。

塩気と本音、深夜二時の境界線

部屋である「別亭 凛」に戻り、照明を一番暗い設定に落とすと、い草の清々しい香りがコンビニのプラスチックの匂いと混ざり合った。和モダンな空間に、場違いなコンビニ袋が置かれている。私たちは、誰が先に袋を開けるかで、子供のように小さく言い争った。

「ねえ、こんなに贅沢な部屋に泊まっているのに、結局最後に食べているのが百円のチップスって、最高に贅沢な矛盾じゃない?」

誰かが笑いながら言い、袋が裂ける鋭い音が室内に響いた。塩気の強い香りが一気に広がり、私たちは布団の上に直接座り込む。指に塩をつけては、とりとめのない話を始めた。

「正直、富士山を完璧なアングルで撮ろうとして三時間も歩いたのは、人生最大の無駄だったと思う。結局、一番いい写真は、さっき誰かが寝落ちして口が開いてた時のやつだし」

「ひどいな。でも、まあいいよ。そういう不格好な時間も含めて、私たちの旅っぽいし」

私たちは、お互いの欠点をさらけ出すことに、言いようのない心地よさを感じていた。普段の生活では、丁寧な言葉で塗り固めて隠している部分が、この深夜の、しかも旅先という特殊な空間では、簡単に剥がれ落ちていく。プリンの容器をスプーンで叩く小さな音が、リズムのように刻まれる。誰が何を正解とするかではなく、ただ今、この空間に一緒にいて、同じ味のものを食べている。その事実だけで、十分な気がした。もしかすると、私たちは富士山という頂点を見に来たのではなく、この「くだらなさ」を共有しに来たのかもしれない。

満たされたあとに訪れる、心地よい空白

お菓子が消え、会話も自然と途切れた。部屋に残ったのは、空になった袋のわずかなカサつきと、心地よい疲労感だけだ。ふと窓の外を見ると、月光がガラスを透過して、部屋の隅に奇妙な光の模様を描いていた。光がガラスの厚みでわずかに屈折し、外にそびえる富士山の輪郭を、ほんの数ミリだけ横にずらして壁に投影している。その、わずかに歪んだシルエットが、本物の山よりもずっと優しく、私を包み込んでいるように感じられた。私たちは、わざわざ言葉にして「楽しかった」と確認し合うことはしなかった。ただ、畳のひんやりとした感触を足裏に感じながら、それぞれの呼吸の音に耳を傾けていた。孤独であることは、寂しいことではなく、自分という個体を維持するための必要な機能なのだと、改めて気づかされる。隣に誰かがいるけれど、同時に一人でいられる。そんな贅沢な距離感が、この部屋には満ちていた。私たちはゆっくりと布団に潜り込み、意識が遠のく直前まで、窓の外の青い静寂を眺めていた。

月光に照らされた富士山の影が、静かに部屋の壁を滑っていった。

  • 地元のコンビニで売っている、山梨県産のぶどうを使った限定スイーツを深夜に買い込むこと
  • 湖畔の冷たい空気の中、あえて温かいほうとうを啜りながら、誰のせいか分からない遅刻について議論すること