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まぶたを閉じても、まだ緑色が残っていた

まぶたを閉じても、まだ緑色が残っていた

5年後の私たちへ。あのとき、誰が一番に「やっぱり無理」って言ったっけ。ゴールデンウィークの札幌、眩い新緑がすべてを塗り替えていた。あの空気の温度と、肌を撫でた湿り気だけは、今でも指先に残っている気がする。

5年後の記憶に深く刻まれている、四つの断片

  • 2.5メートルの聖域: 厨翠山のレストラン「厨」で、調理人と私たちの間にあった正確な距離感。包丁がまな板を叩く規則的なリズムが心地よいBGMとなり、職人の真剣な眼差しと私たちの緩い会話が共存する、絶妙な真空地帯のような空間だった。シームレス キュイジーヌという概念が、料理と人の境界を溶かしていく感覚に、私たちはただ心地よく身を委ねていた。
  • 檜の香りと、思考を白く染める冷気: 露天風呂付和風ベッドルームで、サウナの限界まで熱を帯びた身体を外気に晒した瞬間。皮膚の表面で水分が急激に冷え、意識が真っ白に塗りつぶされる快感に、誰かが「まだ耐えられる?」といたずらっぽく笑いかけてきた。肺の奥まで満たした檜の芳香が、身体の中の淀みをすべて洗い流してくれた、あの浄化のような時間。
  • レシピ本をめくる、贅沢な絶望: 2階のラウンジで、総料理長の完璧な盛り付けを眺めながら、「これを家で作ったら、きっと悲惨なことになる」と三人で確信した瞬間。おつまみの繊細な味わいと、不可能なことを笑い飛ばせる関係性の心地よさが、柔らかな間接照明の下で溶け合っていた。できないことを認め合う時間こそが、大人の最高の遊び方なのだと気づかされた。
  • 雨に濡れた岩戸観音堂への、静かな巡礼: ホテルから徒歩3分。5月の雨が世界を深い緑に染め上げ、濡れた石畳の冷たさが靴底からじわりと伝わってくる。藤の花がしっとりと揺れる景色の中、誰かが「私たち、意外といい旅してるね」と照れくさそうに呟いた。雨の匂いと、少しだけ湿った笑い声が混ざり合い、心まで潤っていくような感覚だった。

5年後の封印を解いたとき

料理の正確な味は、きっと時間と共に薄れているだろう。けれど、まぶたを閉じれば、プリズムのように分散した新緑の光が、緑色の粒子となって視界に舞い上がるはずだ。ラウンジでページをめくる乾いた音や、肌を刺した冷たい空気。そんな意味のない断片たちが、当時の私たちの温度感を鮮やかに呼び覚ましてくれる。ただ一緒に、心地よい静寂を共有できた。それだけで、十分すぎる戦果だったと思えるはずだ。

濡れたアスファルトの匂いと、遠くで響く鳥の声。記憶の蓋をそっと閉じて。

  • 18時の食事スタートに遅れないように。あの「一斉に始まる」高揚感は、体験する価値がある。
  • ラウンジのレシピ本を、あえて真面目に読み解いてみて。無理だと悟るまでの時間が最高に贅沢。