← 戻る SAKURA定山渓 膳 (サクラジョウザンケイ ゼン) (SAKURA JYOZANKEI ZEN)

誰にも見られていない部屋で、笑い声だけが跳ねていた

指先に触れた空気は、しっとりと湿り気を帯びていて、肺の奥まで冷たく澄み渡っている。車を降りた瞬間、10月の定山渓がまとう、あの重厚で甘い秋の匂いが鼻腔をくすぐった。濡れたアスファルトに張り付いたもみじの葉を、靴底でゆっくりと踏みしめる。そのたびに聞こえる小さく湿った音が、心地よいリズムとなって耳に届く。私たちは、誰に気を使うこともない、完全な自由という名の贅沢を買いに来たのかもしれない。

心をほどいた、予想外の5つの断片

タブレットの冷たいガラスに触れた瞬間
フロントで形式的な挨拶を交わす必要はなく、ただ端末を操作して鍵を受け取る。非接触チェックインという現代的な仕組みがもたらす無機質な感触が、不思議と「ここからは私たちの聖域だ」という合図に聞こえた。誰の視線も気にせず、弾む心に任せて部屋に飛び込める快感は、大人の旅にこそ必要な解放感だった。

配膳ボックスという名の秘密の宝箱
静寂を切り裂くインターホンの音が鳴り、外に出るとそこには料理が届いている。ボックスを開けた瞬間、白い湯気とともに立ち上がった芳醇な出汁の香りが、冷えた身体と空腹を心地よく刺激した。「まるで秘密基地のパーティーだね」と笑い合い、パジャマのまま地元の秋の味覚を囲む時間は、忘れかけていた子供のような純粋な高揚感に満ちていた。

二見吊橋で、わざと足を踏み外したふりをした時間
橋が揺れるたびに、足の裏から伝わる細かな振動と、眼下に広がる燃えるような紅葉の赤。あまりに鮮やかな色彩に、現実感を失いそうになる。私が格好つけて映画のような写真を撮ろうとしたとき、「ちょっと、レンズキャップ付いたままだよ!」と友人たちに激しく突っ込まれ、10分ほど大爆笑の渦に巻き込まれた。けれど、あの屈託のない笑い声こそが、この旅の正解だったと思う。

リビングのラグに沈み込んで、本を閉じた夜
部屋の明かりを落とし、琥珀色の間接照明だけが床を柔らかく照らしている。厚手のラグに身体を預けると、心地よい沈み込みとともに緊張が溶け出していく。誰が一番先に寝落ちするかという、どうでもいい賭けをしながら、読みかけの本を放り出した。一棟貸切という贅沢な空間で、とりとめもない会話を交わす空白の時間にこそ、本当の意味での心の接続があるのだと感じた。

人工温泉の温度に、ただ身を任せたとき
お湯に浸かった瞬間、肩の力がふっと抜け、身体の輪郭が湯気に溶けてぼやけていく。人工的に作られた温泉だとしても、今の私たちが求めていたのは「正解の泉質」ではなく、この絶妙な温度と、静寂の向こう側にある安らぎだった。肌を叩く水圧の感覚だけが、自分が今ここに存在していることを静かに教えてくれた。

重なり合う記憶が景色になる

一つひとつの瞬間は、なんてことのない些細な出来事だった。けれど、SAKURA定山渓 膳 / SAKURA JYOZANKEI ZENという、一棟を丸ごと貸し切れる贅沢な箱の中にいたからこそ、それらは特別な意味を持ち始めた。誰にも邪魔されない空間があることで、私たちは普段隠している「かっこ悪い部分」を、心地よくさらけ出すことができた。それは旅というよりも、お互いの心の周波数を合わせ直す作業に近かったのかもしれない。心地よい疲労感と、少しの気恥ずかしさ。それらが混ざり合い、10月の冷たい空気の中に、温かい記憶の層が積み重なっていった。

最後に見た、窓の外の深い藍色の夜空に、ひとつだけ光る星が綺麗だった。

  • 10月の定山渓は想像以上に冷えるので、厚手のカーディガンを忘れずに持っていくこと。
  • 二見吊橋まで歩くときは、あえて地図を見ずに、紅葉の色の濃い方へ歩いてみるのがおすすめ。