← 戻る 陽気館

ゴトゴトいう音と、遠くの花花火の匂い

5年後の私たちへ。耳の奥で背景音楽のように鳴り止まなかった激しい蝉時雨と、日焼け止めの塗り忘れで言い合った、最高に不格好で愛おしい8月のこと、覚えてる?今の私たちは、あの時のように全力でくだらないことに笑えているかな。

5年後もきっと、指先に残っている記憶

45度の傾斜と、不格好な揺れ
陽気館 / Yokikanの象徴である登山電車。ゴトゴトいう鈍い金属音と、かすかに漂う機械油の匂いが足裏から直接脳に響き、急勾配に身を任せたとき、みんなで「これ、本当に大丈夫?」と不安げに顔を見合わせたね。傾斜に合わせて身体が斜めに傾くあの不自然な角度が、当時の私たちの危うくて、けれど心地よかった関係性に似ていた気がして、今でもふと思い出す。

肌を刺す熱さと、冷まされた湯の温度
自家源泉があまりに熱く、わざわざタンクで冷ましてから流し込むという、贅沢で不自由な仕組み。露天風呂に浸かった瞬間、皮膚の表面がピンと張り詰めるような熱さに、みんなで「あちっ!」と同時に声を上げたあの瞬間。滝湯の激しい水音に包まれて視界が白く滲む中、熱さと心地よさの間で悶絶したあの鮮烈な温度感だけは、記憶の底に深く刻まれているはずだ。

18畳の空間に溶け出した、意味のない笑い声
本館和室18~20畳の広々とした空間に、わざわざ全員で集まって座ったこと。障子越しに差し込む午後の柔らかな光と、青々とした畳の香りが鼻をくすぐり、裸足で踏みしめた時の適度な硬さとひんやりとした感触が心地よかった。誰かが転がって寝落ちし、それを誰かが密かに写真に撮って、後で大騒ぎしたあの空間の余裕は、今の私たちの心地よい距離感に似ている。

夜の伊東市街を塗りつぶす、遠い光
高台から見下ろした夜の街。海と街の境界線が曖昧に溶け合い、遠くで花火が上がった瞬間に、夜の空気が微かに震えた感覚。浴衣の帯が少しきつくて、「もう無理、苦しい」と笑い合いながら、潮風が混じった心地よい夜風に当たっていたあの時間。あれは贅沢という言葉では足りない、ただ純粋な幸福の形だったと思う。

5年後の封印を解いたとき

たぶん、予約したプランの正確な名前や、チェックインの時間はとうに忘れているだろうね。でも、陽気館 / Yokikanの登山電車に揺られた時の、胃のあたりがふわっと浮き上がるような不思議な浮遊感だけは、鮮明に思い出せる気がする。写真を見返したとき、画面の中の私たちは、今よりもずっと不器用で、けれど今の私たちよりもずっと、目の前の景色に夢中になっていた。そういう、名前のつかない純粋な感情が、ふとした瞬間に、今の私たちを少しだけ優しい気持ちにさせてくれるのかもしれない。というか、あの時の私たちの、絶妙にダサい浴衣の着こなしを思い出すだけで、十分すぎるくらい笑えると思う。

湿った畳の上に、脱ぎ捨てられたサンダルが静かに並んでいる。

  • 夜の登山電車に揺られ、街の灯りが宝石のように瞬く時間を狙ってみて。
  • 伊東駅からあえて10分かけてゆっくり歩き、夏の湿った空気感を味わうのが正解。