← 戻る 伊東園ホテル

午前2時に、コンビニの袋が鳴った

午前2時に、コンビニの袋が鳴った

真夜中の空腹に、抗えるはずがなかった

頬を刺すような冷たい空気が、肺の奥まで白く染め上げる。12月の伊東は、海からの風が予想以上に鋭く、吐き出す息が瞬時に凍りつくようだった。JR伊東駅からホテルまで歩くわずか7分の道のりで、私たちは「誰が一番先に震え出すか」という、どうでもいい賭けに興じていた。結果的に、一番強がっていた友人が真っ先に肩をすくめて降参したが、そんな些細な言い争いさえ、この街の冷気の中では心地よいリズムに聞こえる。伊東園ホテルにチェックインし、天然温泉掛け流しの湯に身を委ねた後は、心地よい脱力感に包まれ、思考さえもとろけていった。そこで誰からともなく「何か食べない?」という合図が出た。私たちは、まるで秘密基地に物資を運び込む作戦のように、近くのコンビニへと駆け出した。ビニール袋が指に食い込む感覚と、袋の中でカサカサと鳴るお菓子の音が、これから始まる密やかな宴への期待を高めてくれた。

畳の上でほどけていく、正解のない会話

「信じられないと思うけど、私、充電器忘れた」

畳の上に広げられたコンビニの袋から、ガサガサと賑やかな音が鳴る。部屋の明かりを半分落とし、和室の柔らかい灯りの中で、私たちは円になって座っていた。誰かが持ってきたポテトチップスの袋を開ける乾いた音が、静まり返った夜の部屋に不自然なほど大きく響き渡る。塩気の強い香りがふわりと広がり、空腹をさらに刺激した。

「賭けてもいいけど、どうせ明日になっても気づかないし、誰かが貸してくれればいいじゃん」

そんな適当な返答に、くすくすと笑い声が重なる。もともとは大室山に登って絶景を眺め、城ヶ崎海岸で雄大な自然に圧倒されるという、完璧な行程表があったはずだ。けれど、今の私たちは、畳の上に散らばったお菓子の袋と、結露したペットボトルに囲まれている。ぶっちゃけ、計画通りに動くことなんて、この旅の目的ではなかったのかもしれない。もしかすると、私たちはただ、誰かと一緒に「何もしない時間」を贅沢に消費したかっただけなのだろう。

「ねえ、さっきのお風呂、温度がちょうどよかったよね。あの感覚、言葉にできないけど、なんか身体が溶けてなくなるみたいだった」

誰かが呟いた言葉に、みんなが深く頷く。豪華な設備や完璧なサービスよりも、今この瞬間に、同じ味のコンビニスイーツを頬張り、くだらないことで笑い合っていること。その不完全さが、旅を一番「私たちらしく」してくれる。外では12月の風が窓を叩いているけれど、この四角い部屋の中だけは、世界から切り離された小さな島のように、温かくて、絶対的に安全な場所だった。

満たされた胃袋と、心地よい静寂の余韻

最後の一片のチップスが消え、会話の速度がゆっくりと落ちていく。部屋には、温泉上がりの肌に残ったわずかな硫黄の香りと、冬の夜特有の、少しだけ寂しいけれど心地よい静寂が満ちていた。浴衣の生地が肌に触れる、少しだけざらついた感触。畳のい草の香りが、呼吸するたびに深く肺に入り込んでくる。私たちは、もう言葉を交わす必要なんてなかった。ただ、隣に誰かがいるという体温のような気配があるだけで、十分だったのだと思う。もしかすると、旅の本当の価値というのは、観光地をいくつ回ったかではなく、どれだけ深い沈黙を共有できたかにあるのかもしれない。窓の外では、伊東の街が深い眠りについている。川側の客室だからか、遠くで水の流れる低い音が、子守唄のように絶え間なく聞こえていた。その音が、私たちの意識をゆっくりと、深い眠りの底へと誘っていく。

暖房の低い唸りと、窓から差し込む淡い月光だけが、私たちの眠りを静かに見守っていた。

  • 伊東の地元の柑橘類を使ったチップスと、温かいお茶の組み合わせが、冬の夜に最高に合う
  • コンビニの肉まんを、ホテルの部屋でみんなで分け合って食べる、あの贅沢な背徳感