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焼いた肉の匂いと、濡れた草の冷たさ

焼いた肉の匂いと、濡れた草の冷たさ

5年後の私たちへ。まだ一緒に、くだらないことで言い合ったりしてるかな。石和温泉駅で送迎バスを待っていた時の、あの絶妙に気まずい沈黙と、その直後に誰かが言い出した冗談で全部台無しになったあの空気。そんな、名前のつかない時間をまだ覚えているか、ちょっとだけ気になります。

5年後も指先に、心に、焼き付いているはずの断片たち

ライブキッチンの、暴力的なまでに心地よい肉の焼ける音
ホテルふじ / Hotel Fujiのバイキングで、目の前でステーキが焼ける激しい音と、鼻腔をくすぐる香ばしい脂の香り。誰が一番多く皿に盛れるかという、大人のすることとは思えないくだらない賭けに興じたこと。「おい、盛りすぎだろ」という笑い声と共に、結局全員が胃もたれして和洋室の畳に転がったあの幸福な敗北感は、きっと消えないはずです。

大岩風呂の、肩に触れる岩のひんやりとしたざらつき
白い湯気に包まれ、自分と世界の境界線が曖昧になる感覚。アルカリ性の柔らかいお湯が、絹の布のように肌を包み込み、日々の疲れを静かに剥がしていく。大きな岩に背中を預けたとき、石の冷たさと湯の熱さが同時に押し寄せてきて、思考が真っ白になったあの瞬間。あそこでは、誰が誰だか分からなくなるくらいの心地よい匿名感に浸っていました。

九月の月夜に、風に揺れるススキの銀色の波
中庭のプールを通り過ぎて外に出たとき、夜風が少しだけ冷たくなっていて、ススキがさらさらと絹のような音を立てていたこと。かっこいい写真を撮ろうとして、私が不器用に足をもつれさせて派手に転んだとき、慰めるよりも先に爆笑した君たちの顔。コンタクトを忘れて視界がぼやけていた私には、その笑い顔さえも光の粒のように見えて、なんだか愛おしい気分でした。

和洋室のベッドに、四方八方に投げ出された荷物と体
チェックアウトまでの時間を惜しんで、誰が一番だらだらできるかを競い合ったあの午後。エアコンの冷気と、窓から入り込む秋の気配が混ざり合った、絶妙に心地よい部屋の温度。意味のない会話を繰り返し、気づけば深い眠りに落ちていたあの時間は、人生で一番贅沢な「空白」だったのかもしれません。

五年後の記憶のフィルターを開いたとき

おそらく、食べた料理の正確な味や、誰がどのタイミングで何を言ったかという詳細は、濡れた和紙に落とした墨のように、ゆっくりと滲んで消えていくのでしょう。でも、その滲んだ跡こそが、私たちの旅の正体だった気がします。個別の出来事はぼやけても、「あのとき、私たちはあそこにいた」という、輪郭の柔らかい温かさだけが残る。正確な記録よりも、心地よい誤解こそが、友人という関係にふさわしい。この記憶は、特定の周波数のように、ふとした瞬間に心の中で鳴り響くはずです。

石和の夜風に混ざった、かすかな硫黄の匂いと、最後に交わした軽いハイタッチ。

  • ライブキッチンのステーキを攻めるなら、最初から胃袋のキャパシティを最大まで空けておくこと。
  • 貸切風呂の予約は早めに。でも、あえて予定を決めずに、その時の気分で迷い込むのが正解。